例えば

時代に『正しい道筋』があって

今の時代が『間違った道筋』だとしたら


その『間違った道筋』しか

その男が生きる道がないとしたなら


やはり


その先に待つものは









――――――――――『鳥無き島の蝙蝠』

そう近い過去の魔王に呼ばれた男は、荒野にただ一人、長い影を落としていた。
時刻は夕暮れ、場所は関ヶ原…つい半日も前には彼も、
この場に転がっている数多の屍も、命をかけて天下分け目の戦をした日の本の中心地である。
彼の目の前に座ったまま息絶えているのは、その戦で敵の大将であった男。

―――多分、本来の『正しい時代』なれば、新たな時代の創設者となったであろう男の骸は、
視界一面を紅に染める夕日に照らされ、また自身の血潮と家臣の血潮や、敵の血飛沫で真っ赤に染まっていた。

「………家康」

名を呼べば、帰ってくるのは風の音。
ヒュォオオオヒュォオオオオオと鳴くそれは、この場に打ち捨てられたままの亡骸の魂の嘆きのようだ、と元親は思った。
―――打ち捨てられた仏の供養、すなわち処理をするには時間がかかる。
まだ戦から一日も経っていない今では、位の高い徳川の重臣達や、武勇で誉れ高い豊臣の武将達ほどの骸ならともかく、
その他大勢の雑兵達の仏まで処理をするのは、内政や戦の裏方支援に定評がある者でも土台不可能な話しなのだ。
そんな中、家康の骸がまだ西軍の陣幕まで運ばれずにそのままなのは、
元親が与していた西軍の大将こと石田三成が殊更に家康を嫌っていたのも多少あるが、
それ以上に元親が家康の亡骸を日没までこの地に置いておきたいと願ったからだ。
裏切り者が続出し、混乱の極みにあったこの戦で西軍が持ち直せ、東軍を打ち敗れたのは
単に元親はじめとする長宗我部軍の奮闘、そして上田より矢の様な速さで馳せ参じた真田軍の力が大きい。
そんな元親たっての願いに反対する者はいなかった。

手に持っていた三味線を奏でれば、荒野に痛快な音が響き渡る。
関ヶ原にゆったりと零れ落ちる珠玉の音は、猛々しく散った御霊を鎮める鎮魂歌のようであり、
また悔しさで泣き濡れる骸を撫でる子守唄の様でもあった。
一曲、奏で終わる頃には夕日は山に飲まれ、緋よりも藍の色が濃くなっていた。
元親は蝙蝠と呼ばれているせいか、松明がなくても夜目が利く。
また勘も鋭いため、背後から近づいてきた人物がわかり、名を呼びながら振り返った。

「三成か」
「……ッ、気付いていたのか」

振り返った先には松明を持った三成の姿。
よほど驚いたのか、常に固いその美貌の顔がさらに固くなって、
夜の帳に染まりつつも、松明の灯に照らされた面は人形のように見えた。

「どうした?」
「先にも言ったが、戦の殊勲者がいつまでもこうしている訳にはいかぬだろう。迎えに来たのだ」
「ああ………お前、一人か?」
「そうだが」
「島はどうした?」
「…………お前に取って俺は左近の添え物扱いか?」
「いや、むしろお前の添え物って所だ。強ち間違ってはおるまい」

そう言えば、三成はムッとした顔で元親を睨んだ。
その幼さは、到底十九万石の小身でありながら、戦国最大とも言える石高を持つ家康に反抗した気概を持つ男には見えない。
元親はそんな三成の様子に愉快、と言うように笑顔で答えた。
それが若干、皮肉気に見えるのは元親と言う男の性分であり、深い意味はない。

「く、くくく………そう拗ねるな、三成。お前は本当、凄絶に感情がわかりやすいな」
「五月蝿い!!そういうお前はどうなんだ、お前の思考回路は全く読めんからな」
「おや、当代において算勘で右に出るものがいないと言われる治部少輔にそう言われるとは、まさに光栄って所だな」

三成のわかりやすい皮肉にさらりと答えれば、ますます三成の表情は固くなる。
そろそろ終いにしないと癇癪を起こしかねないと感じた元親は、すまぬな、と三成の頭を軽く叩いて松明を奪い取った。

「お、おい、元親…!」
「行くのだろう?総大将に持たせるわけには行かぬ」
「家康の骸はどうする?」
「俺達二人では無理だろう。後で人に任せよう、早く他の家臣達と一緒にしてやらねばな。それより、先に行くぞ」

そう笑って、返事を聞かずに歩き出せば、慌てたように追ってくる足音。
一定の距離で足音の荒さは消え、そのまま少し距離を保ったままで二人は関ヶ原を歩いていた。
枯れ草を踏みしめる足音に、風の音、爆ぜる松明の火の粉。頭上の星の瞬きさえも聞こえそうな静寂。
天を見上げ、口を開いたのは先を歩いていた元親であった。

「………星は、変わらぬな」
「は?」
「昨日も、今日も、そして滅びるその日まで星は変わらぬ」

その言葉に三成も空を仰ぐ。無数の星が空に散らばり、その藍を煌かせている。

「…………他の事など目をくれず、星はただ己が為に耀く。志も、義も、太平も、時代も知らずにな」
「…………」
「………三成」
「…何だ」
「お前はもう気付いているはずだ」

風が止んだ。枯れ草が揺れる音も、土が踏まれる音も皆止んだ。火の粉はただ一度、パチリと爆ぜ、焔が揺らめいた。

「豊臣はお前の要請に答えず、唯一の『豊臣軍』は再び西軍になったとは言え、一度は東軍に加担した」
「………」
「徳川が滅した所で、この勝利は豊臣のものではない。誰が見ようがこの勝利は「石田三成」のものだ」

焔が足元を照らせば、事切れた兵士が纏っている鎧に刻まれた、大一大万大吉の文字が浮かび上がる。


大一大万大吉
一人が皆の為に、皆が一人の為に



美しい理想だ。
だがそれは石田三成、直江兼続をはじめとする、義に厚い諸将が掲げる理想であり、豊臣が掲げた理想ではない。
そして、豊臣が築き上げた軌跡から言えば、あまりに違う思想で―――
掲げた思想とは裏腹に皆が一人、豊臣のための治世になるのは明白であった。

「このままではお前は、豊臣に……」
「わかっている」

最後の言葉を遮ったのは、わかりきっているからか、それともそれを認めたくない人間的な拒絶からか。
三成の声音には温度が無く、感情が読み取れない。
ただ、元親は、それでも三成は前を向いているのだろうな、と考えた。根拠はない、ただの勘だ。

「………そのような事、とっくにわかっていた。幸村も、兼続も気付いてはおらぬようだがな」
「……………それでもお前は、生くのだな。己が為の豊臣の為に」
「ああ、生く」
「……時代に逆らうか、三成。凄絶な流れに、お前は足掻くのだな」
「お前にそう言われるとは思わなかったな、反骨精神の塊が」

若干笑いの混ざった口調は貼り詰めた空気を緩め、三成は元親の横に歩み寄った。
元親をチラと見上げた瞳は、焔を取り込み揶揄の色に燃え盛っていた。

「ほう、随分と言ってくれるな」
「ふ、ふふ……俺はな、十分に幸せなのだ」

「秀吉様に見出され、おねね様に世話をされ、左近を臣下に迎えられ、
 幸村、兼続、吉継、行長……生涯得難いであろう最高の友とも廻り合えた。
 そして、俺の志の戦にも勝利できた。友や同志、元親、お前と言ったような様々な人物に助けられてな。
 こんなに幸せな事って他にはないだろう?」

そう言うと三成は笑った。
この世に生れ落ちたばかりの、穢れも悪も知らない無垢な赤子のような無邪気な笑顔で、時代に覇権を託された男は笑った。







例えば

時代に『正しい道筋』があって

今の時代が『間違った道筋』だとしたら


その『間違った道筋』しか

その男が生きる道がないとしたなら


やはり


その先に待つものは




その先に待つものは………






頭上で星が一つ、時代へ反逆する男達をわらうように、流れ落ちた。







後書き
関ヶ原記念のつもりで、猛将伝元親EDの後…のつもりです。
某所で「IFにIFを重ねた関ヶ原」と呼ばれている元親の最終章って他と比べてちょっと異質ですよね。
東軍全員にトドメを刺してる辺りとか、援軍に幸村が来たりする所とか。

猛将伝に出てくるキャラ(具体的に言えば元親・ガラシャ・勝家)って、
自分たちのいる世界のからくり(製作者が言う複雑に入り組んだ単純なファクター)に薄々気付いていると思うんです。
完全に気付いているのが信長・市・秀吉だとすれば、明智レベルにはその3人は感づいているのではないでしょうか。
その中でも一番、元親が信長・市・秀吉のポジションに近い気がしますが(はっきりと本来の歴史の自分の結末を(冗談?とは言え)口にしてるあたりとか)

だから、ある意味(善悪を越えた次元での)正しい歴史と言うものを理解しているのではないかと思うのです。
でも、元親EDって上記2名(ガラシャ・勝家)と違って、全くのIF歴史で終わるんですよね。
…や、ガラシャもある意味IF歴史なんですけど、最終的に彼女は帰るじゃないですか。自分のあるべき場所に。
だから世界のからくりに気付いた上で完全にIFなのって猛将伝追加だと元親だけなのではないかなぁ、と。反骨魂!(謎)


で、元親EDの後を考えると

ぶっちゃけこれ、西軍に救いないんじゃね?

と思ったんですよ。や、勝ちましたけど、勝ちましたけど………全員、その場でトドメ刺したじゃないですか。皆でフルボッコにしたじゃないですか。
でもその皆に『豊臣』は入っていないんですよね。例え拠点兵が桐の五七の旗つけてようが、あれどう見ても石田連合軍VS徳川軍だと思うんですよ。
まだ三成EDは外伝の江戸の陣があって、秀頼も参戦した上で徳川にトドメ刺してる分、豊臣の勢力と言えなくもないのですが(それでも大分苦しい)
元親EDってあそこで全て終わってるから、本当に豊臣が介入する余地ないんですよね。
例え、三成にその気がなくても、世間は石田が天下を取ったと思うと思うんです。
ここで時代の流れに流されたら多分、戦国復活だと思うんです。また群雄割拠の時代に戻るのが流れだと。

それにあえて反逆するというのは………このままの治世、すなわり豊臣の治世だと思うんです。
でも三成は石田=豊臣の家臣、と思っていても、豊臣は関ヶ原で勝つ事によって、石田を一勢力と認めてしまう気がするのです。
そんな危険分子、残しておくとは思えない。なんだかんだ難癖つけて、表舞台から引きずり落とすだろうと。ていうかサクって殺すだろうと。



………勝てば官軍でも、その官軍は「どれ」なのか。
やっぱり関ヶ原は無理だ…自分じゃ絶えられない…ッ!!!!(というより自分の頭じゃ追いつかないが正解かと)



07/09/15/up



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