その日はよく晴れた夏の日で、戦もなく、いつものように平和な日々の一日だった。 『皆、今日は暑いから川で水浴びをしておいで。 あ、そうだ。川魚も取ってきてね、今日の夕餉に使うから』 空に輝く太陽のように明るい、旦那が集めてきた年若き近衆達の母代わりを自負しているねねはそう言って、 高鼾で寝ていた福島市松も、庭先で鍛錬をしていた加藤虎之助も、 部屋で帳簿をつけていた石田佐吉も、その横で刀の手入れをしていた大谷紀之介も、 長浜城を仕切っているその細腕で纏め上げ、笑顔で問答無用とばかりに城から放り出した、そんな一日のお話。 「せめてキリがいいところまでと言ったのに…」 サラサラサラとせせらぎが耳を心地良く擽る川面に足を浸して、岩に腰掛けたままの佐吉が小さくごちる。 佐吉の生真面目な性格上、やりかけの仕事を片付けないままに外に出された事が不満なのだ。 そんな佐吉の性格をよく知ってる、隣に腰掛けた紀之介がくすくす笑いながら川の流れを見て、 川の様子―――何処が浅いかとか深いとか、罠を仕掛け、魚を追い込むなら何処がいいか等を見定めている。 ……ねねは4人を放り出すだけ出して、竿や桶などをくれなかったのだ。暗に素手で取って、持って帰れと言うことだろうか? 「まぁ、おねね様の命は絶対だからね」 「でも秀吉様に対して…」 「これも秀吉様への奉公だよ。魚を獲るのも、おねね様を喜ばせるのも。それより佐吉…」 足が揺れてるよ、そりゃもう楽しそうに。 そう囁かれて佐吉は初めて、川に突っ込んだ両足がパシャパシャと飛沫を上げながら揺れている事に気付いた。 先ほどの台詞と真逆の浮かれた様子を示していた己が恥ずかしくなり、暑さが原因ではない朱を顔に散らせ、顔を背ける。 紀之介はそんな佐吉の反応を可愛らしく思い、赤茶の髪を撫でて言った。 「佐吉も脱いで、行水したらどうだ?」 「……市や虎と一緒は嫌だ」 佐吉はそう言うとちらり、と下流の方を見る。 そこには、川に着いて早々に着物を脱ぎ散らかし、褌一丁で川の中に入り、楽しそうに泳いだり遊んでいる市松と虎之助の姿。 「それに道具も無しに、魚を捕らえなければならぬだろう?」 「ああ、そちらは何とかなりそうだ。あそこの木の下あたりなんかに石を積んで罠」 市松や虎之助が遊んでいる場所よりも、少し上流の方にある木の影あたりを指差して、そう説明をしている最中に唐突に バシャリ 紀之介は嫌な予感がして、一瞬の間の後に隣を振り返ると、しとどに濡れた紅の髪が艶やかに夏の日に輝いている。 白皙の額をつぅ…と滑り落ちる水滴を、ぐいっと不機嫌に拭って、佐吉は潜水して二人に忍び寄り、 彼に水をかけた張本人、すなわち目の前で笑っている市松を睨んだ。 「………何の真似だ、貴様」 絶対零度の視線で市松を見据えても、この暑さで市松に届く前に溶けてしまうのか、市松は鼻で笑って、 「水も滴るいい男だなぁ、佐吉」 「貴様、俺を馬鹿にしているのか?出来るような頭もない癖に」 「文句があるんなら、ここまで来て言え。最もその貧相な体で泳げるかは知らぬがな」 そう言うと市松はジャバジャバジャバと川の中の方まで泳いで、ニヤリと笑う。 「ふっ……いいだろう、お前、俺が何処の出だか忘れているな? 俺は近江の出だぞ?物心着く前から兄上や父上に琵琶湖に放り込まれていたから、泳ぎには自信があるのだよ!!」 完全に座った瞳でそう高らかに笑いながら宣言すると、体のバネを使ってそのまま川へと飛び込んだ。 隣で成り行きを見ていた紀之介が 「佐吉、着物は脱げ」 と告げると、返ってきたのは着物と帯。 「後は頼んだ、紀之!」 一刻も惜しいと言うように、脱ぎ投げたそれを難なく受け止めた紀之介に言葉を残すと、佐吉はザブンと川へ完全に身を沈めた。 残された紀之介はヤレヤレと溜息をつくと、渡された衣服を畳みはじめる。 飛び込んだ時にだろう、裾の方が少々濡れていたが、この陽気だから直に乾くと判断し、 先ほどまで佐吉が座っていた場所に広げて置いておいた。 川の方を見れば、公言するだけあって、佐吉の泳ぎは中々に上手い。 流れの速い所も難なく、無理なく無駄なく、当人の気性そのままのような泳ぎを繰り広げ、 猛攻というような素早さで市松と虎之助の方へと迫っている。 対する市松と虎之助は佐吉がそこまでとは思ってなかったのか、多少まごついている感が見受けるが、 元来体躯も恵まれ、武術も優れた二人である。紙一重で佐吉から逃げるのに成功しているようだ。 「………というか淤虎は完璧にとばっちりじゃないか?」 ふと思って呟いてみるも、直に『まぁ、いいか』とあっさりと虎之助を見捨て、紀之介も川に入ろうと裾をたくし上げはじめる。 見ている限り、あの3人の争いも精々水の掛け合いと罵り合いで終わりそうだし、 もし二人が激情のあまりに、万が一にでも水底に沈んでいる石でも持ち出しそうになっても、 その寸前で佐吉を助けられる自負が紀之介にはある。 (佐吉が石を持ち出す事はまずないので最初から考えとしてない。そういう狡い手を使わない性根は紀之介が愛する佐吉の美徳だ) 太ももの辺りまで上げた裾を帯に挟み、また袖も濡れぬように襷をかけて、川へ入るとサワサワと足を擽る冷たい清流。 「ああ、平和だ」 下流の方から聞こえる騒がしさを無視して、紀之介は太陽を見上げて、目を細めた。 「紀之介さん、何やってんの?」 佐吉、市松、虎之助のじゃれ合いを黙認して、 一人で黙々と作業をしている紀之介の背に声がかかったのは、罠が出来上がった時だ。 最期の仕上の大きな石をゴトリと置いてから、振り返って見ると 「弥九朗に孫六」 同じく小姓組で最年長の小西弥九朗と、逆に最年少の加藤孫六の姿があった。 「お前達もおねね様に?」 「うん。部屋に戻ったら誰も居なくて、ねね様に聞いたら有無を言わさずに、ね」 「……………後、これ持っていけって…」 そう言って孫六が掲げたのは竿と桶。弥九郎が苦笑いで補足する。 「ねね様、放り出すだけで渡し忘れたからよかったー、って笑ってらしたよ」 「ああ、おねね様らしいな」 「で、紀兄……何、してるの?」 「罠仕掛けてた」 孫六の問いかけに答えながらも、ザブザブザブと二人の傍に近寄る。 「罠?」 怪訝そうに繰り返す弥九郎に紀之介が答える。 「お前達が来るかなんてわからなかったからな。とりあえず罠仕掛けておいて、少なかったら手で取ろうかと」 「………相変わらず男前で」 「……帰る時、どうする気だったの?」 引きつった笑顔の弥九郎を横目で見て、寝ぼけているのかそれともただ大物なのかわからない孫六が更に問いかける。 「そりゃあ淤虎と市に持たせるに決まってるだろ」 「……紀兄、最強」 ボソリと呟いた一言に紀之介は笑って、孫六の頭を撫でた。 「お前らも入るか?気持ちいいぞ」 「あ、僕は入る。孫はどうする?」 「………いい、ここで釣りしてる」 そういうと孫六は木陰になっている所まで移動し、岩に座り糸を垂らす。 直にカクン…カクン、と規則的に揺れる孫六の頭を、年長二人は微笑ましげに見る。 「孫の場合、泳いだまま寝て、下の方まで流されそうだよね」 「湯殿でもたまに寝てるしな、アイツ」 弥九郎は手早く着物を脱いで、畳んだ。そして紀之介に向き直り、にっこりと微笑んだ。 「僕、佐吉の味方をしてくるわ。2対1は佐吉の不利だし」 「お前はただ淤虎とやり合いたいだけだろ?」 「えー、佐吉の役に立てて、僕自身の気もすっきりして調度いいでしょう?」 そういいながら下流を見ると、水をかけたりかけられたり、 潜って相手の足を引っ掛けたり、引っ張ったりと中々楽しそうに涼んでいる3人の姿。 「この頭だけの男女!!お前なんか一生文机に噛り付いていろ!!!」 「武しか取得のない猪武者がよく言うな。お前らがそんなんだから秀吉様も苦労なさっているんだと気付け、阿呆が」 「んだとぉ!!?佐吉、お前バカにしてんのか!?」 「ああ、それくらいの頭はあったのか、市。見直したぞ、米粒くらい」 「テメェ、バカにすんのも大概にしろ!!ナンジャクな体しやがって!!!」 「馬鹿になんて…するのもそれこそ馬鹿らしい」 「佐吉、テメェ………ッ!!」 …………飛び交う言葉こそ多少物騒なものだが、それは彼ら特有のコミュニケーションのようなものだ。 「紀之介さんも脱いで泳いだら?」 「そうするかな、とりあえず罠作り終わったし」 そう話しつつ、紀之介が川から出ようと動いた瞬間だった――― バシャアアア!!!! ―――――空気が痛いほど凍ったのがわかった。 サラサラサラと流れる川のせせらぎも、サワサワと鳴ってる木葉の音も、五月蝿く鳴いている蝉や日暮の声すら、 この場では響くのを止め、静かになったようにその場にいた者は感じた。 「き、紀之介ッ!!?大丈夫かっ?」 言葉をかける事ができたのは唯一、紀之介の恐ろしさを身を持って味わった事がない佐吉だった。 慌てて足に纏わりついている市松を引き剥がし、呆然と固まったままの虎之助の横を通り過ぎ、紀之介の正面へと回る。 川から出ようとしていた紀之介の正面に回ると、市松や虎之助には濡れた紀之介越しに佐吉が見え、 不覚にも、自分達にはまず見せない佐吉の気遣うその表情に、二人の顔は火照っていくのがわかった。 その事を隠すように虎之助は口早に言葉を紡いだ。 「わ、悪い紀兄さん!!!弥九郎にやろうとして…っ!」 「あ゛ァ!?虎、オマエ、喧嘩売ってんか!?!?買い取ったるでゴルァアア!!!」 「…………弥九郎、五月蝿い」 虎之助の言葉にあっさり激昂する弥九郎を制した紀之介の声はこの清流よりも冷たく、思わず市松は頭まで川へと沈んだ。 弥九郎の代わりに、頭から背中どころか尻までずぶ濡れになった紀之介は、まず心配そうな佐吉に対して 「大差ないよ、佐吉。心配するな」 と甘い声音で囁き、頭を撫でてから、虎之助と市松に振り返ると…… 「……淤虎、市、覚悟はいいな?」 そりゃあもう『水も滴るいい男とは大谷紀之介の事』と言わんばかりの、 男らしさや色気に溢れていながらも、全く持って笑っていない瞳が二人を射抜く。 「ひっ………!!」 電光石火の速さで帯と襷を解き、脱いだ着物を佐吉の着物に重ねるように、岩の上に広げ置く。 そして、遊女もかくやと言わんばかりの、艶やかな笑みを浮かべて――― 「逃げんな、糞餓鬼どもぉおおお!!!!!」 「う、うわあああああああああ!!!!」 「あ、兄さん、後生じゃから勘弁してやああああ!!!!」 壮絶な追い掛けっこが始まった。 「わ、紀之介さん、いい泳ぎっぷり!……んじゃ、僕も…… …覚悟しいやぁ、虎!!佐吉と紀之介はんの分までいてこましたるわぁああ!!!」 「え、何で弥九郎が…?」 「佐吉もホラホラ、紀之介さんの援軍しなきゃ♪」 「え、わ、弥九郎、ちょっと……ぃっ!!」 「……佐吉から手ぇ離せや、薬屋。嫌がっとんのがわからんのか?」 「虎の癖に余計なクチ挟むなや、ダ阿呆」 「淤虎ぁああああ!!お前、一人で逃げんなやぁああ!!!!ってうぎゃあああああああーーー!!!!!!」 「市はとりあえずこれで……弥九郎、捕まえて置け!!」 「了解、紀之介さん…って虎、オマ、佐吉連れっ……逃げるとは卑怯モンがあああ!!!それでも武士かいっ!!!」 「っち……気付かれたか……」 「……? おい、虎、なんで俺を連れてるんだ?」 「佐吉を人質にするなんて………淤虎、地獄ですむと思うなよ?」 「……………紀之介さん、怖…」 「何か言ったか、弥九郎?」 「何も言ってません!紀之介さんの手伝いします!!」 「ぐっ……ちょ、兄さ、あの、オレ、息が………だ、誰………か………ットッッ!!」 「当然だろう?お前は右手に回れ、俺は左手から行くから」 「…………虎、悪い事言わないから、潔く謝れ。紀之介は俺と違って優しいから許してくれ」 「るわけないだろ!?紀之兄さんが優しいのは佐吉だけだって気付けよ!!!!……っち、佐吉!!」 「……へ?ぁぅ??」 「ああああぁぁぁあ、虎、佐吉に何しとんじゃいーーー!!! 姫抱きなんて僕やってやった事ないんやでーーー!!!??!虎のクセに生意気やーー!!!」 「弥九郎、それはお前も佐吉を姫抱きしたいという訳だな?」 「ハッ!?墓穴掘った………!?」 「俺は姫君でも女子でもない!!!!というか虎、下ろせ!」 「がっ………ぐふっ……!!み、水が……息がぁぁああああ〜〜…………ッ!!!!」 それぞれが思い思いに騒々しくしている中――― パシャ! 「………4匹目」 岩の上でちょこんと座って、うつらうつらとしていた最年少の孫六は 兄貴分達の騒々しさと正反対に、ただ黙々と釣りをしている。 横に置かれた桶には魚が3匹。若干狭そうに泳いでいるそれに、更に一匹追加される。 そうしてまた糸を垂らし――― 「…5匹目」 パシャリという音と共に生きのいい魚が川面を跳ねた。 風はさやさや、川の流れもさやさや 燦々と輝く日に煌くは飛沫か、少年達の輝きか。 夏の空は酷く青く、彼らの頭上に果てなく広がっている。 |
後書き
青春な長浜小姓組ネター。微妙に佐吉ハーレム風味にしようとしてなってない一品(駄目じゃん)
小姓組だと多分小西入らない気がしないでもないのですが、まぁいいや。
清正則と嘉明は初書きで、正直キャラなんて定まらないYo!!(駄目じゃんその2)
正則(市松)→、一個上の兄ちゃん(佐吉)が気になって×2仕方が無い四男坊、基本的に馬鹿で学習能力がない、根は真っ直ぐで単純
清正(虎之助)→、多分面子の中で一番常識がわかる五男坊、市松とツルんでるからあまり気付かれていないが文武両道、口下手で口が回る弥九郎とは相容れない
嘉明(孫六)→とにかくマイペースな末っ子、好きとか嫌いとかあんま考えてないけど、最強は紀之介とは判断できている
みたいな感じ?や、成長したらもっとドロドロしてるだろうけど、子供時代で考えると。
うちの行長は対清正時のみ関西弁設定なので、嫌いな事もありガラ悪さ倍増(苦笑)
あー、関西弁に関してはツッコまないでください。書いてる人、滅茶苦茶、土地が狸サイドなんで。
題名とタイトルバーからわかるように元ネタ、というかきっかけは葉っぱの歌姫・Suaraさんの『夢想歌』。アニメ「うたわれるもの」のOPだった曲です。
……本当は夢想歌っぽく、皆で「豊臣の世を支えるぞー!」みたいな感じになる予定だったのですが、
なんかそこまで書くのが無理そうな上、結構さっくり纏まったのでそこらへんを、丸っとカット(駄目だろそれ!!!)
未来の辛さなんて考えても無くて、皆でただただ楽しい日常を過ごしていた……そんな時期があったと思うんです。そんな妄想。
07/05/28/up
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