外は快晴で、突き抜けるような青空には白い雲一片も見えない。 少々強い日差しが地表を焦がすが、カラリとした陽気は、不快さよりも心地良さを人々の心に印象付け、 蒼穹の彼方から吹き付ける風は火照った肌を優しく撫ぜ、また空へと駆け上がる。 そんな文句のつけようがないほどに陽気のいい日―――――― 「…だっていうのに、どうしてこう禍々しいんだろうねぇ」 苦笑するようにそう吐いたのは大谷紀之介。 今、現在、彼が立っているのは同じ小姓組の紅一点である石田佐吉の部屋の前である。 気難しい人でも思わず鼻歌でも歌いだしてしまいそうなこの陽気だというのに、 閉め切った部屋からはそんな陽気も反転させてしまえるのではないか、と思えるほどに濃厚な妖気を通り越した邪気が漏れ出ている。 時たま、部屋から零れる声は苦しげで、まさに地獄からの亡者の呻き声の様だ。 紀之介は一つ息を吸い、それから決意したように部屋の中の主に声をかけた。 「佐吉、紀之介だ。入るぞ」 「紀…之介?」 己が名を呼ばれたと同時に襖を開けると、紀之介を出迎えたのは、ぬめる様な不快極まりない熱気と、仄かな甘さを含む生臭さ。 それらをまともに吸い込んだ紀之介は思わずむせ返った。 「ぐっ……!ごほっ、がはっぐぅ…っ!!何なんだ、この部屋は!!」 紀之介は思わず襖を全開にして、佐吉の了解も得ずに中に入ると、 御丁寧にも雨戸まで閉められた窓側の扉も開け放す。 「紀之介、閉めてくれ!!」 「駄目だ。こんな中にいたら悪い具合もさらに悪くなるぞ」 佐吉の悲鳴めいた懇願を一刀で紀之介が切り捨てる。と同時に部屋に爽やかな風が飛び込んできた。 暖かく心地好い風に撫でられて、上体のみ褥から起き上がっている佐吉の体から強張りが解けたのがわかった。 普段から色白の肌だが、今は血が通っているとは信じられぬほど白い顔が僅かに綻んだのを見て、 紀之介は佐吉の隣に座り、乱れた髪を撫で付けながら優しく言った。 「大丈夫だ、今日は市も淤虎も街に出てるから開けていても見られる事はないぞ。それより寝ていろ」 「…ん、すまぬな」 紀之介の言葉を受け、佐吉は甘えるように礼を言い、上体を褥へ沈めた。 襦袢から見える白い足首や細い腕が、力なく褥へ投げ出されている姿は痛々しくも、その年頃にしては害を成すほどの艶気がある。 本能に直接訴えるその艶気に、紀之介は無意識に目を奪われ、唾を飲み込んだが、佐吉の呻き声にそんな邪まな感覚はあっさりと霧散した。 「う………ぅ」 「大丈夫か?今、弥九郎が薬を手配しているが…待てるか?」 問えば健気にもコクンと頷くが、色のない顔からすればただの強がりとわかる。 暫し紀之介は考えたが妙案は浮かばなかったので、正直に佐吉に言った。 「生憎、俺は男だからこのような時、どうすればいいかわからん。 から佐吉、お前、俺にどうして欲しい?何か俺がお前に出来る事はないか??」 そう聞けば佐吉の覇気のない瞳が、驚いたように丸くなった。 考えているのか、それとも否定をしたいのか、血の気が引いてもなお赤い唇があえかに動く。 だが痛みが体を貫いたのか、佐吉は小さく呻いて、苦しげに顔を歪め、 下腹を押さえつつ、体をくの字に曲げて褥の上でのたうった。 「佐吉!!」 突然の苦しみ様に紀之介は慌てふためき、人を呼びに行こうと立ち上がりかける。 だが 「……佐吉?」 「やっ……行く、な」 それを止めたのは、小さく細い佐吉の手。 紀之介の袴をキゥと痛々しいほどに掴んでいるせいか、ただでも白い手がより一層白くなっている。 「でも、お前、平気なのか?」 「平気じゃない、けど…」 搾り出すように呟かれる声音は細いながらも、静かな室内でははっきりと紀之介の耳まで届く。 「一人はイヤ…なんだ。でも、紀之介にしか、こんな無様な姿…見せられん」 『だから居て欲しい』と言外に示すのは、袴を硬く握ったままの手と、紀之介を見上げるその瞳。 不器用に甘えてくるその瞳に、たまらなく紀之介は弱いのだ。 ―――――年頃の男女として決して良くないとも、佐吉にその気がなくても周囲がどう見ているか理解していても、 望むがままに甘やかしてやりたいと思ってしまうほどの、魔性の瞳。 紀之介は困ったように笑った。 ……はたして困っているのは三成の己に対する絶対的な親愛の情か、 それとも彼女の性を認識してもなお、彼女の無防備な甘えにつけこむ己か。 深く考えるのは早々に放棄して、強く握り締める手に己が手を重ねて――――― 「紀之介の手、あったか」 「この馬鹿!!!何でこんなに冷えているんだ、体がっ!!!!」 その手の冷たさに仰天した。 だが一方の佐吉は何故怒鳴られたのかわからないのか、きょとんとしたまま紀之介を見上げている。 「そんなに冷たいか?いつもこんな感じだぞ、俺は」 「目の前にいるのがお前じゃなかったら、雪女郎か幽霊かと疑っているぞ。 夜にそっと市松の首でも触ったら、悲鳴が城中に響くだろうな」 「そうか、今度試そう」 その言葉を受けて、紀之介は深く溜息がついた。 せいぜい驚いたあまり、小便など垂れ流さないように、とおざなりに祈ってやっても、佐吉を止めない辺り、紀之介も中々の性格だと言えよう。 温めてやろうと握ってやれば、小さい佐吉の手は紀之介の手にすっぽり収まる。 軽く握ると、温もりをもっと寄こせと強請るように指を絡めてくる。 「佐吉、お前、いつもからこんなに冷たいのか?」 「ああ、冷え性らしい」 その言葉に紀之介は 『佐吉!もう何なの、アンタはそんなに薄着でっ!! 女の子は体を冷やしちゃいけないっていーっつも言っているだろう!?ほら、これ着なさい!!』 『おねね様、普通に迷惑です』 という、よく見る遣り取りの真意がわかった。 ―――――からと言って、ねねの言葉に逆らわなければ雪達磨のように上着を着せられてしまうので、 どっちもどっちかな、と紀之介を筆頭とする男衆なんかは思うのだが。 「温めた方がいいんだろう?もっと厚い上掛けをかけた方がいいんじゃないか?」 「重いから嫌だ」 紀之介の提案を一言で切り捨てて、佐吉は足元に丸まっている…… おそらく苦しんだ時にずれてしまった上掛けを取って、それに包まる。 だがきつく掴む様といい、已然変わらない白い肌といい、暖を取ると言う目的は果たされていないのは明白だ。 それでも「寒い」と言わない辺り、本当に強情だと思い、そしてある事を思いついた。 「佐吉」 名を呼ぶと気怠けに見返す佐吉の頬を一撫でして、紀之介は佐吉に添うように寝転がり、細く冷たい体を抱きしめた。 「うっわ、冷たっ!!」 「紀之介…?何の真似だ??」 抱きしめたら己の性ではありえない細さの中の柔らかさとか、血臭のはずなのに甘く感じる匂いよりも、その冷たさに驚いた。 手先爪先はもちろん、襦袢越しでもその体が冷たいのがわかるのだ。 また、いくら気の許した相手とは言えいきなり抱きつかれたから、微かに強張っているのも原因の一つだろう。 理由を問う声がほんの少しだけ硬くなっている。 それに気付いていたが、紀之介は合えて軽く聞こえるような声で答えた。 「ん?あぁ、暑くなってきたから涼もうかと」 そう言いながらごそごそと動き、佐吉をすっぽり背中から抱きしめて、そっと下腹部に己が手を添えた。 それで佐吉はようやっと、紀之介の真意―――――自分を労ってくれているのだと言う事に気付いた。 しかし、それが気恥ずかしいのか、耳の端を微かに桃色に染めて、ぼそぼそと呟くように抗議をした。 「………俺で涼を取るな」 「いいだろう?少しは俺に分けてくれても。しかし佐吉、お前は本当に冷たいなぁ」 「紀之介が熱いんだろ」 佐吉はぶっきらぼうに答えながらも、腹部に腰に、背中全体から感じる紀之介の体温が心地良くて、言葉の棘が外れている。 紀之介はそんな佐吉の様子がたまらなく可愛らしく思えて、更に抱きしめる。 「紀之介……ちょっと苦しい」 「あ、すまん」 「…謝るな、別にあれくらいなら平気……だか、ら」 ゆるりと下腹を温める手がよほど気持ちいいのか、佐吉から漏れ出る溜息は甘い。 摩ってやりながら、紀之介はある事を思い出した。 「そう言えばな、佐吉」 「……ん?何だ?」 「俺の実家の方でもな、近所の姉やが月の障りの時は動けなくなるほど辛かったんだが、 ある時を境にぴったり月の障りのそれが無くなったらしいぞ」 「!? 本当か、紀之介!!!??」 その言葉に、半分近く寝かけていた佐吉は意識を完全に覚醒させ、首だけ動かして紀之介を見た。 佐吉のその必死さに紀之介は一瞬だけたじろいたが、しかし何処か悪戯気な表情になって佐吉を見やる。 「ああ、本当だが…知りたいか?」 「頼む、紀之介!!是非とも教えてもらえぬか!?」 「だが……これは………」 「紀之介ぇ!!」 はぐらかす紀之介に焦れたのか、佐吉は声を荒げて抗議をするが、しかし言うと同時に襲った痛みに顔を顰める。 それを見て、紀之介は痛みを解すように下腹と腰を優しく摩った。 「痛むか?」 「だ、いじょうぶ………で、何なんだその秘薬とは?」 「秘薬、ではないのだがなあ」 痛みに顔を顰めながらも、しつこく聞いてくる佐吉に、紀之介は摩ったままで言った。 「やや子よ」 「……は?」 「姉やは兄やと結婚して、ややを産んだ後はけろりと治ったんだ」 そう笑って言ってやると、佐吉の思考回路は止まってしまったのか、呆然としていて何も言うことはなかった。 常に凛としていて秀麗な佐吉の気の抜けた顔なんて 滅多に見れない上、このような間近で見れるとは………と紀之介は内心思いつつ、笑って言った。 「子を宿している間は月の障りもなくなるしな」 「……………」 「……試してみるか、佐吉?」 「………………………………………………………………………………へ?試す…とは何、を?」 人を見つけて脅えればいいのか、それとも近づけばいいのか、 判別がつかない小動物めいた動きで首を傾げて、その瞳に紀之介を映す。 紀之介は傾げた時に乱れた髪を腰を撫でていた手で直してやってから、 それはもう嘗てないほどに甘く爽やかな、市松や虎之助が見たら恐怖のあまりに息まで止めてしまいそうな笑顔で囁いた。 「俺の子を産んでみぬか、という事だ」 するりとなぞるように腰を撫で、ついでに下腹を撫でる手も妖しい手付きにしてそう囁いた声は、 流石城内でも女性人気の高い大谷紀之介、と男でも溜息をつきたくなるほどの色気を含んでいたが、 佐吉はジロリと色気もへったくれもない、ただのツンケンした棘を含んだ視線を返した。 「…………笑えない冗談だな」 「おや、冗談だと何故言えるんだ?」 「口説きたいならその顔をどうにかしろ」 ぷい、と向けていた首を元に戻して、紀之介の腰を抓った。 痛、と眉を寄せて、初めて紀之介は自分が笑っていたのではなく、にやけていた事に気付いた。 「おや、俺はにやけていたのか」 「ああ、百年の恋も冷める様なしまりのない顔でな」 「しまりのないとは酷いな、ただ楽しくて仕方がなかっただけだ」 「俺をからかうのが、か?」 「でも俺とお前のややなら、男子なら眉目秀麗でいて匂い立つような武者ぶりの花の様な武将で、 女子ならお市の方も抜く傾城傾国の美女になれるだろうにな」 「国を傾ける様な愚鈍な娘なんぞいらん」 「はは、確かにな」 笑いながらも、また優しく下腹を摩ってやれば、佐吉は欠伸をして、小さく鳴く様な声を出した。 「ん……眠…………」 「寝てしまえ寝てしまえ。そうだ、子守唄を歌ってやろうか?」 「戯……言を……」 悪態をつく声も既に蚊の鳴くような声で、あやす様に緩やかに腰を摩ってやって、 小さく子守唄を口ずさんでやれば、佐吉の白い瞼は下ろされ、唇から紡がれるは安らかな寝息。 あっさりと夢路に旅立った佐吉を見て軽く笑み、紀之介はさぁどうするかと思案を始める。 もうそろそろ薬と口直しの甘味なんぞを持った弥九郎が来るだろうから、離れたほうが良いとは重々承知しているのだが……… 「この様じゃ離れられんしなぁ」 腕を軽く上げれば、つられるように上がる佐吉の腕。気がつけば佐吉の手は、紀之介の袂をしっかりと掴んでいた。 言葉には苦さを含みながらも、しっかり緩んだ頬と、佐吉を見つめる瞳は何処までも甘く、父とも兄ともとれる親愛の情に溢れている。 また規則正しい寝息は、ただでさえ眠気を誘う陽気を更に色濃くして……紀之介はくぁと欠伸をすると、 (まぁ、いいか) と無責任な結論で纏めて、一足先に旅立った佐吉と同じく、夢路を歩む事にする。 半刻も過ぎない内に、佐吉の部屋に響く寝息は、二つ、重なるように響いて……。 午睡をする二人を包むように、優しくも暖かい風が青空へと吹き抜けた。 |
背景素材:Little Eden
後書き
佐吉女体化で長浜時代・紀之介とラブラブのようでいて、当人達は悪友のような友情関係(紀之介は愛情と親愛の情が混ざった感じですが)
書きたかったのは
・生理痛に苦しむ佐吉 ・佐吉をあっためる紀之介 ・紀之介に甘える佐吉 ・一緒にそのままお昼寝
そしてなにより
・紀之介兄さんのセクハラ発言(注意・下心はない)
だったり(笑)
紀之介兄さんにあっためてもらいたーい、と沸いた書いてる人の頭の悪さが露見しててすみません(汗)
ヨシムネ様に捧げます。どうぞお嫁にもらってくださいませ。
07/07/11/up
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||