山奥の廃寺。穏やかな宵。
屋根は破れておりそこから月影が、埃が積もった板張りを染めている。
板張りには人為的に破壊されただろう、屋根の屑や木材の欠片が散乱している。無論、それにも埃が積もっている。
堂の奥には観音―――に見せ掛けた聖母マリア像が月の灯りを受けて、冷たく優しく微笑んでいる。
マリア像の横には、祭壇と思わしき壊れた机。
(よく見ると破壊されていてわかりにくいが、周囲の木材や屑も切志丹が持つ持ち物成れの果てのようだ)
周囲の木々の騒めきや梟の鳴き声すら聞こえない、無音。

扉が開閉する音、差し込む月影と影絵。

酷く汚れやつれた人物が堂に入る。
歩くというより引きずるような足取りで進むので、埃と土と血が交じった歪な線が浮かび上がる。
その腕には何かを抱えているが、羽織に包んでいるため伺い知る事は出来ない。

侵入者、堂奥のマリア像に気付き、顔を上げる。
(切れ長の目、色素の薄い髪色に肌。性差を超越した美貌が月明かりに曝される。)



侵入者
「……………弥九郎が信仰していた……」



侵入者、そう呟くと、マリア像の足元まで進む。
体力が切れたのか、マリア像の前で侵入者は崩れ落ち、跪く。
(だが腕に抱えている何かは離さず、胸に抱えたままマリア像の前に跪き、うなだれる様は一見すると懺悔する信者のようだ)



侵入者
「………ちょうどよい。南蛮から渡った神の母御よ、誰もおとないもせぬ、このような朽ち果てた社ではさぞ退屈だろう。狐の戯言に付き合ってもらうぞ」



そう語ると侵入者こと狐は顔を上げ、マリア像を見上げ、優しく語りはじめる。



侵入者改め狐
「俺は元は人ではない。稲荷の第二位・天狐の地位につく妖狐。
 人とは違う時間、理に生きるものであった。
 人とは俺達を畏れ敬う微小な存在で、俺にとっても時には恵みを、時には災いを与える対象でしかなかった。
 神世の時代も遠くなった、惰性のように続く平穏なある時に、俺は思い立った。
 人の女の胎にいる子の体を乗っ取って、人として生きてみよう。と。
 同族の中には人に憑いたり、また人に変化し、人との間に子を為したものはあったが、
 女の胎にある時から憑き、また狐憑きと悟らせないで生きたものはいなかった。
 幸い、近頃の人の世は乱れていて、同族どころか父が息子を、弟が兄を殺すような蛮行が罷り通っていたから、
 多少人の世に疎い俺でも怪しまれずに生きていく事が可能だろうと考えたのだ。
 手頃な身重の女を見つけ、その胎の子に憑き、俺は人として生きることになった。
 とは言え、元が妖怪であるから、人より髪が赤かったり、肌が白かったりと人にしては歪な点が多かったがな。
 ………女は子を―――俺を産んで直に死んだ。
 ただでさえ子を宿し、産むというのは女の身に負担を強いる事。
 そんな中で孕んだ子が人ならざるモノになり、産み落としたから。その穢れに、器が耐えきれなかったのだ」



狐、胸に抱いた何かを抱き締める。




「適当に選んだ場所にしては奴ら……家族というのだろうな、家族は善良で、明らかにおかしいはずの俺を排除する事はなかった。
 一族の誰にもおらぬ赤毛にも、誰にも似ぬ面影にも怖れずに、家族は俺を養育したのだ。

 ………ものが喋れるようになって暫くした頃、俺は近くの寺に出された。
 それは俺が異形だからか、跡継ぎがいたからか、それともただの口減らしだったのか。今となってはわからぬが、寺は居心地がよかった。
 ……………貴様らは多くの神は認めずに、唯一神を謳うらしいが、この国に土着している信仰は違う。
 だから神の子や、その母である貴様も崇められるのだ。
 俺は妖怪だが、稲荷の眷属。神の端くれでもあるから、寺にいても弱る事なく、時には呪力をくすねて己が力とした。

 そんなある時、寺に一人の男がやってきた。小さいが、不思議な宿命を背負っている男……。
 その時は男―――秀吉様が背負っているそれを見抜けなんだ。
 俺は秀吉様の接待をした。
 その日は暑かったから火傷をせずに喉を潤せるよう一杯、次は喉を潤すと同時に味わえるように一杯、
 最後の一杯は茶を楽しめるように………その三杯で俺の運命は変わった。

 時代の波に飲み込まれ、揉まれる様は楽しかった。その気になれば、その流れを変えることなんて簡単だったが、
 百年も生きられぬ微小な存在が、やれ天下統一だ、やれ誇りだ忠義だ、仇討ちだと翻弄するのは、身近で見ていたら尚更滑稽だったからな」


狐、そこまで言い切ると、顔を一旦伏せる。
暫しの無音。パラリと穴が開いた天井から屑が落ちる。
狐、再び、顔を上げマリア像に語り掛ける。



「だが俺は恋を知ってしまった。未通娘のまま神を身籠った貴様は知っているか?恋慕というものの甘さ、苦さ、苦しさ、幸せを。

 ……………最初は戸惑った。何故、己が人などという下錢で卑小な存在に心を奪われてしまったのか。
 でも、止められなかった。この想いを止める術なと知らぬし、………止める気などなかったのだ、はじめから。
 滑稽だろう?惨めだろう?……だが楽しかった、幸せだった。
 相手が………左近が俺の信念を認めてくれた、俺の臣下となってくれた、そして……俺を愛してくれたのだ……」



狐、幸せそうに笑って、胸に抱いた何かを抱き締め、優しく撫でる。
手の動きから羽織の中は球体に近いものだと判明。




「だが俺は所詮、人生らざる身。
 ………いや、人であろうと畜生であろうと、神であろうと変わらぬだろうな…。
 次第に欲が増した、浅ましいほど、貪欲に欲が生まれた。
 傍にいてくれるだけでいいと思った次の日には愛を求め、愛が叶えば左近を求める……
 …その欲が行き着いた先は、左近の首であった。
 俺は仮初めの生とは言え戦国の将。左近はその臣。
 全うに首が繋がったままの死に様であるとは考えなかった。
 ……太平の世が来ても、そう考えていたからな。我ながら随分と疑り深い。

 …………ある情事の時にその事を吐露してしまった。ああ、もちろん人で非ずとは流石に言っておらぬがな。
 だが言う気がなかった言葉だったから気が動転してしまって、髪の色の事もあるから南蛮の血のせいにさせてもらった。
 弥九郎が言っておったが、そちらには踊りの代償に男の首頭を望んだ姫がいるのだろう?」


暫しの沈黙。



「……俺は望んだ、愛する左近の首を。左近は答えた、………時が来れば首を俺に捧げると。
 それから時が流れ、時世は変わり、戦で俺は敗し、左近は絶命した。

 そう、約束が果たされる時。天下をくすねた狸なんぞの勢に渡す訳がない、愛しい男の首は……」



狐、マリア像に見せ付けるように抱えていた何かを捧げ上げる。
それにかぶさっていた羽織が滑り落ちる。
月明かりに濡れ、露になる、男の首頭。
(黒く長い髪が広がり、捧げている腕に絡み付いた)



「俺のものだ」



差し込む月影が、一際、強く照らす。
俯いているマリア像、仰いでいる狐、その照らされている場所と影がくっきりと浮かび上がる。

光、次第に落ち着き、また元の穏やかな夜の色に染まる。




「…………このまま神域に戻り、左近を蘇生させたいのだが、その前には俺は『石田三成』として死なねばならない。
 …………左近が愛した俺は、投げ出す事などなかったからな。けじめはつけないといかぬ。

 …………豊臣の天下の終焉というけじめをな」



狐、掲げていた首を顔と同じ高さに下ろし、口付けを落とす。
男の口端にこびり付いていた血を舐めとれば、恍惚の溜め息1つ。
狐、マリア像を見上げ、言った。




「その間、左近の首を預かってもらえぬだろうか?俺が持っていたいのだが、持っていたら確実に奴等の手に渡る事になるからな………。
 そなたも代わり映えしない風景に飽いていただろう?」



狐、立ち上がり、マリア像近くの祭壇に首を置く。
首から流れる黒髪を一房、手に取り、軽く口付け、踵を返す。
堂を出る前に狐、思い出したように振り返り、マリア像を見る。




「もし、左近に手を出そうものなら……」



月が雲に隠れたのか、暗くなる堂内。
ざわざわと騒めくのは葉擦れの音か。
狐、ニィと唇を釣り上げて笑う。
暫しの騒音。
……月が雲から覗いたのか、次第に明るくなる堂内。
元の明るさになると共にまたの無音。




「………………つまらぬ戯れ言であったな、許せ」



狐、穏やかに笑うと、マリア像から祭壇の首へと視線を動かす。




「……では行ってくる、左近」



狐、堂から出ていく。
埃が積もった床、狐の足跡の形に浮かび上がる。
残された首、マリア像、ともに無音の中、ただ月に濡れている。
終幕。





あとがき
戯曲調な作品を書いてみたくて、このような形式に。
設定がぶっとんだのはなんというか・・・・・うん、某伺かのコンビニバイトの帰り道歩きすぎですOTZ

気分的には『褥で舞う姫、代償は』の続編っぽいのですが、『褥で〜』もかなりぶっとんでる上に
これがそれよりさらにぶっとんだのでもう何がなにやら(をい)


あ、イメージ視覚映像はSoundHorizonのライブ版「Baroque(Elysion〜楽園幻想物語組曲〜)」です。
もうちょっと舞台っぽいイメージですが、雰囲気的には。・・・私、本当ライブ版「Baroque」好きだな(汗)

07/12/01/up


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