逢魔ヶ刻の京の往来に一閃、赤紅の光が渡る。
一拍遅れてから辺りに響くのは、鼓膜には響かぬが魂が凍るような断末魔。
紅の閃光が渡った所から、往来にうごめく異形が消えていく。
閃光を繰り出す中心は、一人の少女だった。


少女の年月は17、8といった所か。
変わった着物に身を包んでいるが、それ以外に変わった所はない。
長く延ばされた髪にあどけない顔、華奢な体、花のような笑顔。
―――――少女は笑っていた、無数の異形に囲まれながらも、鮮やかに艶やかに。
背筋をすっ、と伸ばされている涼やかな立ち姿は、誇らしげにも見える。
手にしているのは、少女自身を投影したような細身の諸刃剣。
だが、この夕暮れ時の、血潮より尚赤い日の光に照らされ、
燃えるように輝く様は飾りの宝剣ではない事を表している。
その輝きは、幾百、幾千万の恨みを浴びてきた、禍々しい、不吉な輝きだ。

少女が動いた。
怯えも恐怖も感じていないかの如く、花の顏には微笑すら浮かべ、
怨霊に向かって―――人外の群れに向かって軽やかに歩み寄る。
そして手にしている剣を薙ぐ。
さながら神楽舞で神具を手にした巫女のように、躊躇いなく迷いなく。
緋色の閃きが、怨霊を斬り刻む。
斬りつけられた怨霊は声無き断末魔を上げ、この場から消えていく。
その表情は悪鬼というよりは、人に近い。
脅え、嘆き、凍りつくほどの驚愕に開かれた眼のまま、
塵一片すら残さず消えていく様は恐るべき異形のものではなかった。
異形達は戸惑うように音なき声でざわめく。

ナンダ コレハ―――
コレハ ナンダ―――

そんなようにさんざめく怨霊に向かって、少女はまた戯れのように剣を振るう。
その表情はただただ愉しそうに笑んでいて、微かに鼻唄まで歌っているようだ。
この修羅界の権現のような場に、不釣り合いな軽やかで明るさすら感じる曲調。
それは少女のようであった。
どこまでも自然で、決定的に狂った旋律は。

髪が跳ねる、軽やかに。
裾が乱れる、貴やかに。
体がしなる、嫋やかに。

迷いなく、美しさすら感じる危めの剣舞。
少女はただ笑う、幼児のように隠しもせず。
嬉しいと、愉しいと言わんばかりに、曇りなき美しさを照らす。

開かれたまま消えゆく異形の眼には、きっとその姿こそ、異形に見えていた事だろう。





少女は不満げに、剣を下ろした。
下ろした途端、細身の剣を伝って道に染みるのは、粘りけある怨霊の体液。
夕暮れ時だというのに、ただ広い大路には少女以外の影はなかった。
後は辺りに縦横無尽に散らばる腐臭と体液だけだ。
それも暫くすれば跡形もなく消え去る。
まるでそれは正しいものに禍々しいものが蹂躙されるが如く。
少女は小さく溜め息をつきながら、頬にこびりついている怨霊の屍肉を拭うことなく呟いた。
「…もう、終わりか……」
心底残念そうに呟く様は、幼い子供めいて見える。
だが言葉・思想の裏側に光る、狂気のような思考は隠されていない。
少女は気付いていないのだ、自らの思考が狂っている事に。
それが罪という事に。
黄昏時の狂ったようにひたすら赤い大路に、一筋の影が刺した。
少女は気怠げに振り返ったが、すぐに楽しそうに顔が輝いた。
新品の玩具を得た幼子のように、新たな獲物を見つけた肉食獣のように。
―――少女の視線の先にいたのは、小さな怨霊であった。
人型ですらない、小さな魑魅魍魎。
しかも成体ですらない、狐狸の妖怪だ。
怨霊―――豆狸はきょとん、とした団栗眼で少女を見つめている。
その真っ直ぐな瞳は無垢で無知で、少女の持つ雰囲気に似ていた。
ただ、少女の内面は限りなく邪悪なのが、豆狸と決定的に違う面だ。
少女の延びた影の先に、豆狸の姿は飲まれている。
少女が一歩、踏み出し、豆狸を被う影の色は更に濃くなる。
少女が目の前に来ても、豆狸は逃げなかった。
ただ無垢なその瞳のまま、少女を見つめる。
見えない屍肉を纏わせている、彼女を。
豆狸が動いた。のそり、と緊張感がない緩慢な動きは、犬猫が近寄る様そのものだ。
少女は動かない、怨霊の気の向くまま好きにさせている。
ただ、残酷なまでの享楽に愛らしい顔を歪ませているが。
豆狸は下ろされたままの諸刃剣に近付き、

チロリ と刀身を舐めた。

チロチロ、せわしなく動く舌は、まるで消えた同胞の血を清めるよう。
少女はそれを暫く、黙って好きにさせていたが、やがて

刀を動かし、豆狸を事も無げに串刺した。


その瞬間、やはり少女は笑っていた。
そのおぞましさすら楽しいのだと、言うように。


すっかり宵闇に近付いた大路に佇むのは、剣を携えた少女のみ。
宵闇に紛れないのは彼女だけ。
異形のものも、血肉も、哀しみも、日と共にかき消えたよう。
ただ、残虐なまでに満足げに笑んでいる少女のみが、宵闇の中、艶やかに佇んでいた。
「あ、もうこんな時間だ。早く帰らないと」
そう言って少女は、大路の端に置いてあった袋を持ち上げる。
抱えながら、少女は一人ごちた。
「朔…怒ってるかなあ……」
そう呟くと、少女は対が怒る様を想像したのか身震いした。
「………早く帰ろ」
そう呟くと少女―――世に名高い白龍の神子たる春日望美は、自分が行った殺戮を振り替える事なく駆け出した

神子の使命は、京を平和にすること
だから少女は忠実に使命をこなす
浄化とは言えない理不尽な暴力でも
神子たる彼女が行えば浄化になる


望美は行く。
血塗られた道をすら厭う事なく、
花咲く小道を駆けるかの如く、軽やかに。
――――楽しげに、神子はいく。




後書き

突発的遙か4発売記念に埃被ってた遙か3作品をアップ。
どうみても祝っていません本当にありがとうございました


望美ちゃんは結構怖い子だと未だに思ってます………



08/06/18/up

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