幾度、幾千、幾万もの運命を廻っても
私は貴方に恋をする
――――




熊野の海を見るのは好きだ。
力強く、けれど優しくこの地を守る海。
それは父の姿に似ている。

熊野を抱く自然を見るのは好きだ。
穏やかに、しかし強固にこの地を抱く腕。
それは母の温もりを思い出す。

熊野の人々と触れ合うのは好きだ。
明るく、生気に溢れている人々。
それは触れ合うだけで活力を与えてくれる、友人のようでいて。


私を
―――異世界の人間を暖かく優しく、迎えてくれた全て。
運命が幾度廻っても、変わらない……それが嬉しい。




ファサ……
そんな事を考えながら熊野を一望できる欄干に寄りかかっていた望美の肩に、馴染み有る白い上着がかかった。
目線を眠りから醒めかけている熊野の地から、己の右横上に上げる。
そこには優しい瞳で望美を見つめているヒノエの姿。

「ヒノエくん、おはよう」
「おはよう、望美。
 姫君はこんな朝早くからお目覚めかい?」

まだ太陽は海から上がっていない上に、空も十分に明けていない今は朝と言うより夜明けに近い。
春になってまだ日が浅いのも重なり、夜着しか身に纏っていない望美の体は冷えきっていた。
被さられた上着の予熱を感じて、自然に体が震える。

「桜が咲いたと言えども、まだこの時刻は寒いと思うけど?」

花冷えという言葉もあるんだから
と言いつつ、ヒノエは望美の背後に座り、抱き締める。
まだ起きて時間が経っていないのか、ヒノエの体温は少し熱い。
が、体が冷えきってしまった望美にはその体温が心地よく、知らず知らずに瞳を閉じて全身で感じようとしてみる。
瞳を閉じると、鼻を霞めるヒノエの匂い。
海の潮風と木々の涼やかさと太陽の熱さと、彼自身の汗で出来ているそれは、ヒノエを感じられるから望美は好きだ。

「あぁ…ほら…こんなに冷えて」

そう呟くと、ヒノエは冷えている望美の首筋に唇を寄せる。
触らなくても、ヒヤリとした冷気がヒノエの唇を撫でる。
思いがけない熱い吐息とその感触に、望美の体は軽くこわばり、咽からすっとんきょうな声が出た。

「ひゃ!?ひ、ヒノエく〜ん」

赤く明けだした空よりも赤面した自身の嫁が、愛しくて仕方がない熊野の別当は

「ふふっ……本当に可愛いね、望美は」

と笑い、軽く首筋を吸った。
軽い甘い痺れのような痛みの後には、望美の白い肌に赤い一片の花弁が綺麗に散る。

「ぅっ………ヒノエくん」
「で、朝早くから、姫君のその瞳を捕えていた物は何かな?」

チロリと己が刻んだ赤い痣を舐めて、ヒノエは望美に問う。
望美は擽ったそうに小さく嬌声を上げ、体を捻ってヒノエの方を向く。

「熊野を見ていたの」
「熊野の何が姫君の目を惹き付けているんだい?」
「海も、森も、村も……全部、素敵だなぁって」
「そりゃそうさ。だってオレが生まれて育って、守ってるんだからね。
 ……とは言うものの、姫君の瞳を独り占めするなんて、少し妬けるね」

ヒノエの胸に持たれかかるようになった望美の髪を一房を手に取り、軽く音を立てて口付けを落とす。
その様がこそばゆく感じて、望美はコロコロと鈴が転がるように笑った。

「もちろん熊野の自然や海、人たちも素敵だけど、ヒノエくんが一番素敵だよ」

その言葉に偽りはない。
ヒノエがいなければ、望美は白龍の神子の役割が終わった時に、自分が育った世界へ帰っていただろう。
帰らなかったのはヒノエがいたから。
ヒノエと共にいたいと、そしてヒノエも望美と共にいたいと思ったから、今、望美は熊野にいる。
そう迷いなく言いきった腕の中の愛妻を、ヒノエは一瞬呆気に取られた様に見つめ、それから弾けた様に笑い出す。
望美は笑われた理由がわからず、きょとんと笑い続ける夫を見上げる。

「ヒノエくん??」
「あははっ………まったく、お前は本当に天才だね」

オレを惹き付けて離さない

そう低く囁いてから、少し長く口付ける。
顔を離せば、望美の頬の赤さが春の明け方によく栄えた。
閨を幾度も共にしても、恥じらう様は昔と何ら変わらない。
ヒノエはそんな妻の様子を幾度も幾度も見ているが、常にそのヒノエは望美に心を捉え続けられている。
だが、まだ頬は赤く染まっているのにも関わらず望美は、
水晶に似た純一な
―――ヒノエの好きな瞳でヒノエを捉えて、言った。

「ううん、私じゃない。ヒノエくんが私を惹きつけて離さないの」

深緑の瞳は、くっきりと緋の色のヒノエを映す。

「たとえ運命が、一つ、二つ、十、百、千……数え切れないほどあっても」

「私はヒノエくんに恋をするの。絶対に」

そう艶やかに笑って、ヒノエの首に腕を回す最高の花。

「ねぇ、ヒノエくんは?」

ヒノエを海よりも、山よりも、村よりも
――――何よりも色鮮やかに、瞳に映して望美は聞く。
ヒノエの瞳にも、きっと同じくらいはっきりと、望美が映っているのだろう。
言うべき答えはもう決まっている。
ヒノエは優しく笑って言った。

「運命がどうであれ、オレは姫君に惚れたよ」

だってお前はどの運命でも、オレが愛している「春日 望美」なんだから
―――





夜が明ける。
一日が始まる。
そうしてまた、ヒノエと望美の運命は紡がれてゆく
―――





運命は廻る。

幾度、幾千、幾万もの運命は、常に廻り続けている。



けど、幾万もの運命を廻っても変わらない真実。

私は貴方に恋をする。

無数の、天空の星々より多い運命の中、それだけが確かな、不変の理
――――






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