それはいつもの日常、当たり前の放課後の出来事。

 

天鳳高校の風紀委員である西村あかりは、風紀委員室の扉を開けた。

何て事の無い、ただ普通に委員会のミーティングが今日だったからだ。

しかし、扉の先は―――

「え、えーと、沢登…先輩……?」

「おお、西くん。早いな」

 

いつもの天鳳のセーラー服ではなく、純白の楚々としたウェディングドレスを着こなした沢登譲委員長の姿があった。

 

ご丁寧に頭には薄い半透明なベール、手には薄いオレンジと黄色の花々が可愛らしいブーケも持っている。

着ているウェディングドレスの色は純白、胸元と袖口には可憐なレースで飾られていて、

スカート部分はふんわりと盛り上がってから、布の渦を描くように床に優美に垂れている。

まさに女の子が夢見るドレスそのもの、と言っても過言ではない。

だが、それを着用しているのはれっきとした男性である上、場所は学校の会議用の教室の一つ。

故にフランス人形が畳の上に鎮座しているような、言いようの無い違和感爆発空間になっている。

あかりはしばらく硬直状態に陥ったが、教室を眺め、目の前の沢登を眺め、一回、教室のドアを閉めて、また―――

「こーらこらこら、何をしているのかね。西くん」

「うわきゃあ!?!!」

「うわきゃあ?何だねその素っ頓狂な叫び声は。「うわっ!」あるいは「きゃあ!」で統一したまえ。

 で、西くん、先ほどから君はなぜ不可思議な行動をとっているんだね?」

開けようとした扉を開いたのはやはり花嫁装束を着た沢登であって、あかりはやっとこれが現実の出来事だと理解できた。

「……いや、まぁ、それは…色々葛藤が……」

そうぶつぶつ呟きながら、あかりは風紀委員室に入り、沢登の頭の先からつま先までを眺めて言った。

「……お嫁に行くんですか?沢登先輩」

「……」

真剣な表情でそういったあかりを、沢登はニヤ〜リとした笑顔で眺め返す。

「西く〜ん、君は僕が男性だと、わかっていないのかなあ?」

「だ、だだだだだだって、先輩、ウェディングドレス着てるから…!!」

「バカモノ!」

沢登は目にも留まらぬ速さであかりの額にデコピンを食らわせた。パァン!という音が委員会室に響く。

唯一の救いは白い手袋をしていたため、多少は威力が低下されている事くらいか。

だが、やはり痛いものは痛いため、あかりは

「いった〜〜ぁ〜〜〜」

と呻き声を上げながら、ほんのり赤くなった額を押さえた。沢登はそれを横目で「自業自得だ」と言わんばかりに見つめる。

「これはちょっと演劇部から失敬してきたものだ。別に僕がお嫁に行くわけではない」

演劇部にウェディングドレスがあるのはわかるのですが、何で先輩が着るのに繋がるのでしょうか…

その疑問を口に出す勇気は、あかりにはなかった。

君子、危うきに近寄らず。もう近寄ってるのだから、これ以上の被害は被りたくない。

だが、あかりはおずおずと、沢登の着ているそのウェディングドレスのスカート部分に触れながら呟いた。

「でも、これ、綺麗ですね…」

ツヤツヤとした肌触りのいい生地、細かいレースやデザインなど、どう見ても一級品のウェディングドレスだ。

舞台衣装にしては豪華すぎるそれは、案外部員の知人が実際に使ったもののお古かも知れないな。

とあかりは生地を撫でつつ、考えた。

沢登はあかりの行為を止めることなく、好きにやらせていたが、その言葉を聞いて口を開く。

「ん?西くんはこういうのが好みかね?」

「私の好みというか、女の子全般の憧れですよ〜」

「だが先ほど、おキヨさんはこの姿を見て、まるでゾンビか死人にでも遭遇したようなもの凄い表情で、廊下を疾走していったぞ」

まぁ、僕も風紀委員として廊下を走らないよう注意を呼びかけるため、おキヨさんの後を追ったのだがね。わはははは。

と話す沢登の言葉で、あかりは友人の恐怖を容易に想像できた為、冷や汗を流しつつ俯いたまま生地を撫で続ける。

その沈黙を「よほど好き」と取ったらしい沢登は、ずっと触り続けているあかりに提案をした。

「西くん、着てみるかね」

「…………はい?」

1テンポ間が置かれたあかりの返事に気を悪くする様子も無く、沢登はもう一回言った。

「だから、西くんもこれを着てみるかね?なあに、遠慮はいらないよ」

「いや、先輩の持ち物じゃないのですから、その言葉はどうかと…」

と言いかけて口をつぐんだ。口は災いの元だって、先ほど身をもって体現したというのだから。日々学習の志は大事だ。

代わりにあかりは微かに苦笑を滲ませながら、触っていたスカート部分を離した。

「いいえ、結構です」

「……」

沢登はその言葉に驚いたような表情をした。

あかりの雰囲気からして、あからさまにウェディングドレスに興味を持っているのだから、当然といえば当然なのだが。

「意外だね」

「そうですか?」

「ああ、先ほどからずっと着たそうにしていたからな」

その言葉にあかりは笑った。

「ええ、まぁ着たいですけど……先輩、ウェディングドレスにまつわるジンクスって知ってませんか?」

「ジンクス?ウェディングドレスに何かあるのかい?」

沢登は本当に分からないらしく、あかりの顔を覗きこんだ。ベール越しの沢登の瞳に、あかりの胸がドキリと高鳴る。

「あのですね、結婚前にウェディングドレスを着ると、婚期を逃すって言うんです。

 だから、ちょっと遠慮したいなーって思ったんですよ」

「ほう…何故だ?」

「え?さぁ、由来までは…」

「西くん、そこじゃない。何で君は婚期を逃すのが嫌なんだ、と聞いているんだ」

その言葉に、あかりの目は点になった。

からかっているのかと思ったが、ベール越しに見える目はからかいの色はなく、ただ真っ直ぐにあかりを見つめている。

だからあかりは沢登に倣って、真剣に考える。

「………私が婚期を逃したくない理由、ですか?」

「ああ」

「えーと…………やっぱり、一番綺麗な時に相手に見せたい……からですかね?」

そう言って、あかりは自分が導き出した答えに内心、満足した。

 

一番綺麗な時に、相手と結ばれたい

一番綺麗な自分を、この先に寄り添って生きる、愛している人に見せたい

 

それは小さな、可愛らしい乙女の欲求

 

だが、沢登は納得いかないというように思案の顔をし、しばらく視線を彷徨わせた後、口を開いた。

「ふむ……なるほど……わからないわけではない、のだが…」

「納得できませんか?」

あかりが問うと、うむと小さく頷いて、沢登はいきなりベールを捲った。

薄布に隔たれていた瞳の翳りがなくなった後には、相変わらずの真っ直ぐな瞳。

その瞳のまま、沢登はあかりに向かってこう告げた。

 

「君は僕と出逢っているのだから、そんな心配しなくていいだろうに」

 

あっさりと言われたそれは、あまりに真っ直ぐで純粋で、強烈な口説き文句。

照れることなく、茶化すことなく、ただ真剣に告げられたその言葉と、

純粋で強烈過ぎるけど優しい瞳に、あかりは見惚れ、また聞き惚れて、照れることすらできなかった。

そんなあかりを知ってか知らずか、沢登はさらに続ける。

「安心したまえ、僕は君が一番綺麗な時を見極められる自身がある。

 …あぁ、でも確かに君の言うとおりかも知れないな。一番綺麗になった君を待つのも悪くない」

ご馳走は焦らされた方が更に美味しく味わえるからね、と付け足されたその言葉で、あかりの頬はようやく朱が射した。

>そんなあかりの初心な仕草を見て、沢登は優しく笑うと、顎を掬い、

 

軽く、触れるだけの口付けを落とした。

 

それは神の前で誓う口付けよりも、神聖で、優しい口付け。

 

近づいて、離れた沢登の瞳に自分が映っているのを見て、ようやくあかりは自分が真っ赤な顔になっているのがわかった。

知らずに頬に添えていた掌に伝わる温もりが熱い。

沢登はそんなあかりに気づいて、

「どうした?西くん」

と無防備に顔を近づける。あかりは驚き、悲鳴が喉の奥まで出上がったが―――

 

ガラッ

「うっわ、沢登、何その格好」

 

第三者の乱入で、悲鳴ごとあかりは固まった。

沢登の横からドアの方を見ると、そこには呆気にとられた内沼の姿。

対する沢登は後ろを振り向いて、

「あぁ、ヌイくんではないか」

と事も無げに挨拶をした。内沼は「あー、西村来てたんだー早いねー」などといいつつ、沢登の傍に寄って行き

「何、沢登。何で花嫁さんになってんの?何かの罰ゲーム??」

と沢登を―――正確に言えば沢登の着ているウェディングドレスをぺたぺた触りながら聞く。

「演劇部から失敬してきたのだ」

それを止めることなく沢登は内沼の疑問に答えた。

だが内沼はその答えを聞いているのかいないのか、

「へーほーふーん」と言いながらもウェディングドレスを触ったり引っ張ったりしている。

そして、内沼が袖口の細かいレースをを引っ張った時に―――

 

ビリッ…

 

という不吉な音が風紀委員室に木霊した。

見れば、内沼の手には綺麗な白い布…というかレースの残骸。あかりの顔は蒼白、沢登の表情は無表情に、そして内沼は―――

「……僕ちん知らないもんねー」

という間延びした声に似合わない俊敏さで、沢登の前から逃げ出した。

ガラッと開いたドアの先にいたのは

「え…?」

「乃凪先輩、あぶな…!!」

驚いたように瞳を見開かせた乃凪にあかりは声をかけたが、それも虚しく

「ごめん、ノリちゃん!俺のために犠牲になって!!」

「へぶしっ!!?」

まことに勝手な言い分を押し付けつつ、内沼は乃凪を踏み倒して廊下へと出て行った。

そのまま倒れる乃凪の上を

「ははははは、待ちたまえヌイくんーーー!!」

「ぐはぁっ!!??」

容赦なくウェディングドレスの沢登が踏み越えて行った。

沢登は内沼より体格がいいし、ウェディングドレスは結構布地も使う上、

パニエなども装着しているため、内沼の倍以上の重圧が乃凪を襲った。

踏みつけた2人は踏みつけた乃凪を振り返ることなく、轟音を奏でながら廊下を走っていく。

残されたあかりは当然、

「な、乃凪先輩しっかりしてくださいー!!」

2人に踏みつけられて、白目剥きつつ泡を吹いて地に沈んでいる乃凪の介抱をするはめになったのだった。

 

 

 

 

 

高校生活から遠ざかった数年後、十字架の前で

「ふむ、君の言うとおりだな。これなら待ったかいがあったというものだ」

沢登が白いタキシード姿で、ウェディングドレスを着たあかりにそう耳打ちするのは、まだまだ、先のお話―――






2006年夏の一人祭り企画『歌姫方に花束を〜Diva from Adult Soft〜』フリー配布作品だったものです。現在は配布終了しました。
PCゲーム『プリンセスブライド(130cm)』からPrincess Bride!(歌/KOTOKO)の
「みんな、Born to be Bride!そう、花嫁で行こう!」からイメージ。

Princess Bride!は『プリンセスブライド アレンジアルバム』に収録されてます。









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