雨は降り続き 雲に隠れたまま

泣いている月を見つけた鳥は もう

唄うのを止めてしまった


ポルノグラフィティ/パレットより



パレット


「あー・・・・退屈」

オレは絵筆を持ったまま呟いた。場所は家の居間。周りにはパレットと絵の具と筆洗い。

外はザーザー降りの雨、お天道様はカケラも見えない。

「せっかくの日曜日に、オレはなにしてんだろーねぇ・・・・」

目の前のキャンパスをちろ、と見つめながら盛大なため息を吐いた。

これは学校の図工の宿題。何でもいいから絵をかけって言われた。

ある奴は風景をかく、ある奴は人物をかく、玉緒は・・・静物画だっけな。

オレはただ適当に色を描きなぐってみることにした。それでもいい、と先生は言ったし。

まだ白が残っているキャンパスは、オレの思惑通りに様々な色彩で飾られている。

赤、オレンジ、黄色、桃色、茶色、緑、紫・・・取り止めのない色の洪水。

何の意味を持たない絵画、オレはそれにまた絵筆を伸ばした。

「母さんと父さんは二人で買い物・・・ねえちゃんは・・・・・・・」

オレはパレットを見ないで、色の付け足しをしてキャンパスにぶつける。

「・・・・・・・・・・あいつと、デート」

キャンパスにはピンクの上に茶色と緑が奇妙に混ざった一筆が出来た。


そりゃーさ、オレのねえちゃんだからモテてとーぜんだし?

そーいうのにハッパかけたのも、確かにオレですけど??

・・・・・・・・・・・・・・なんかムカツク。

・・・・・・・・・・・理由もわかるあたり、もっとムカツク。

今回のデートはねえちゃんが誘ったんじゃなくって、あっちが誘ってきたからだ。

何なんだよ!まったく!!ねえちゃんを誘うなんて何様のつもりなんだよ!!

ねえちゃんを誘うのならオレにアポを取れよ!!つかオレに顔、見せに来いってーの!!

・・・・・・・・・・・・・不毛だよなぁ、オレ。


実の姉貴にマジ惚れてるんだからな。


ザーザーという雨をBGMにして、黙々と色を重ねていく。

だんだん白が埋まっていって、残すところ右下の隅だけ。

んー、と伸びをして、時計を見るとまだ3時ちょっとすぎだった。

「この調子だと結構早くに終わるかもな・・・」

雨の日の休日はゆったりと時間が過ぎるみたいだ。

そう思いながら台所に行って、ペットボトルのミネラルウォーターを取り出す。

誰もいないから、ラッパのみで飲んでみる。コップ出すのめんどいしさ。たまにはいーだろ、こーゆのも。

んっ、んっ、んっ、んっ、んっ・・・・・・

ゴクゴクゴクとラッパのみをしていると

ガチャ・・・・・・・・・・・キィー・・・・

ガハッ!!!!!ゲホゲホゲッホ、グゲェ・・・・!!!

いきなり玄関のドアが開いたので思わずむせちまった。な、なんでだよ!?

母さんたち夕飯も食ってく、って言ってたのに・・・・・!!

ゼーゼー、と涙目でドアを見た。キーと頼りない音を立てて開かれたそこには・・・


「・・・・・・・・・・・・・・・・ねえちゃん?」

虚ろな表情をして少し服が濡れている、まだデートのはずのねえちゃんがいた。


「ねえちゃん・・・・はい」

落ち込んで帰ってきたねぇちゃんをとりあえずソファーに座らせて、オレはホットミルクを渡した。

ねぇちゃんが落ち込んでいるときには、ホットミルクが一番効果があるからだ。

「尽・・・ありがと」

弱弱しく笑ったねえちゃんがそれを受け取り、一口飲む。

でも、飲むというよりは舐めるくらいの量だ。見てて・・・・すげぇ痛々しい。

「ねえちゃん・・・どーしたんだよ?こんな時間に帰ってくるなんて・・・」

オレがしゃがみこんで、ねえちゃんを下から見上げた。今にも泣きそうな瞳。

「ぅ・・・・っ、つくしぃ〜・・・・」

ああ、やっぱ泣いた。ぽろぽろと、小学生のオレから見ても子供っぽく。

誰が信じるだろうか?

成績優秀、運動抜群、容姿端麗、性格天然、氷室学級のエースガールでその他もろもろ形容詞がつく

葉月が王子ならはば学のお姫様と噂されているこのねえちゃんが、子供のように泣いてしゃくっている姿を。

・・・見ても信じないかもしれないな。

ねえちゃんは決して、完璧じゃない。

オレのねえちゃんだから並よりは上だけど・・・でも、普通の女子高生なんだ。

俺は少し腕を伸ばし抱きしめる。

「ほらほら、ねえちゃん。泣いてすむんなら、泣きなよ。俺の胸、貸すからさ」

「う〜〜・・・つ、く・・・しぃ〜〜〜」

えぐえぐ、とオレにすがって泣くねえちゃん。

・・・・・ああっ、もうかわいいな!!!ぎゅっと強く抱きしめる。

泣きながらもねえちゃんは今日あったことを話してくれた。

まず最初に待ち合わせ場所に行く途中に同い年くらいの男子に道を聞かれて、

ねえちゃんの知り合い・・・っていうか買い物行くとよく会うヤツ(誰だよ?オレ、チェックしてねーぞ?)だったらしく

早めに家を出てきた安心感から3、5分話した。

それを遠くからあいつは見てたらしくて、それで不機嫌になって、こういう日に限って会話もはずまない。

いつもならもう二、三ヶ所まわって帰ってくるのにそれもなし。それでこの有様だ。


・・・バカだな、あいつも。ねえちゃんがフタマタかけるなんてこと、できるわけねーのに。

えぐえぐと泣き続ける姉ちゃんの頭をぽんぽん叩く。

「ねえちゃん、そんなに泣くなよ。世の中に男が何人いると思ってんの??」


「で・・・でっ・・・もっ・・・っく・・・」


「ねえちゃんを信じないってあっちの目がないだけだろ。だってオレのねえちゃんなんだぜ?」

「・・・・・・・・でも、これできらわれちゃったぁ〜〜〜ふえ・・・」

「まだわかんないだろ?あーも、ねえちゃん落ち着けよ」

「・・・・・だって、もう、お日様もみかたしてくれないも〜〜〜ん・・・

 つきも、とりも、さかなも、そらも、みんなあたしを見捨てたの〜〜〜〜」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ねえちゃん、本当にいくつだよ?

「・・・太陽も月も鳥も魚も空も、ねえちゃんを見捨てていない。

変わらずにそこにあるものを歪めて見るのは失礼だ、って前にねえちゃんいってたろ?

それに・・・・世界中全部がねえちゃんを見捨てても、オレはねえちゃんと一緒だから」

「ううっ・・・つくし〜〜〜〜」

ぎゅ〜〜〜っと抱きしめられるオレ。あ、胸あたってる・・・冗談抜きでマジやばいかも。

ねえちゃんは外から戻ってきたから、雨の湿気で服がしっとりとしていて身体のラインがわかる。

それに薄着が好きなねえちゃんはやっぱり薄い布地のふわふわの服を着てる。

上にはカーディガンしか羽織っていない。

・・・香水をつけているのだろうか、・・・甘いフルーツの香り・・・・・・・・・。

ギュウっと抱きしめてみる。細く震える肩は硝子のように脆い。




ドウシテ、オレハ『』トイウ存在ニシカ、成リエナカッタノダロウカ?

ドウシテ、オレハねえちゃんヲ・・・彼女ヲ愛ス事スラモ、唱エル事ガナンダロウ?

ドウシテ、・・・・アイツナンカニ愛スル人ヲ渡サナケレバナラナイノダロウ?

ドウシテ、彼女泣カス奴憎ム事スラデキナイノダロウ?

ドウシテ、恋ノ欲望二身ヲ任セキレナイ??ドウシテ、彼女ヲ奪エナイ???

ドウシテ、ドウシテ、ドウシテ、ドウシテ、ドウシテ?????




もう一回だけ、強く抱きしめると俺はねえちゃんから離れた。不安そうに怯えるウサギみたいなねえちゃんの瞳にオレが写る。

「ねえちゃん、永遠の恋してるみたいだけど、もしかしたら明日、新しい恋に会うかもしれないじゃん?

・・・恋愛なんてやってくうちに、ボロでんだからさ。

かっこつけよか、オレ、ねえちゃんのままがいい。ねえちゃんのありのままでいいんだよ。


先のことなんか誰にもわかんねーしさ・・・な、オレも手伝ったげるしさ。オレじゃ、だめ?」


ねえちゃんに笑いかける。瞳に写るオレの笑顔はへたくそだった。オレ、こんなに笑うの下手だったっけ??


それでもねえちゃんはオレの本心に気づくことなく、また抱きついてきた。

「つくし〜〜〜〜〜〜!!」


「あーもう、はいはい・・・・そんな顔しないで、顔ふけよ。ほら、ふいてやっからさ」


俺は絵筆拭き用に持ってた予備の白いタオルでねえちゃんの顔を拭いてやる。白い肌や頬のラインに、くらくらする欲望をたしなめながら。


「・・・ん、ありがと。ごめんね、尽。宿題中だったのに・・・」


キャンパスを眺めて姉ちゃんはそういった。俺は


「いいんだよ、もう終わりかけだし!ちょーど休憩しよーと思ってたしさ!!」

と必要以上に明るく言った。そう空回りでもしないと、本音が出そうで恐かった。


「・・・・優しいね、尽は。モテるのわかるわ」


その空回りを別の解釈でねえちゃんはとったらしく、そう言ってくれた。


「そりゃそーだよ。いい男だろ?」


「うん、あたしが知ってる中で一番いい男だよ」


茶目っ気たっぷりでいった言葉にマジメで返されて、さすがのオレも赤面してしまった。


ねえちゃんはそんなオレのことなんて知っちゃいないって顔で、俺の描いたキャンパスを見た。


あー、ねえちゃんに見られるんだったらもっとマジメに描いときゃよかった。


「へぇ〜・・・・面白い絵だねぇ。色んな色を重ねてるんだ」


「そ・・・そう?」


「色の・・・・嵐だね。暖色系の色が多いねぇ・・・尽の心の色彩(いろ)みたい」


「そうか?」


こんなに汚いのに?・・・・そんなオレの内心を知ってか知らずか、言葉を続ける。

「優しくなきゃ、聞いてくれないよ。姉弟の愚痴なんか。


・・・・・・・・・・・・・・・・尽のこと、好きなればよかったかも」


「・・・・・・・え?」


ドクンと心臓が跳ね上がる。ドクンドクンドクン・・・やば・・・理性が薄くなっていく。

「そうすれば、こんなに苦しくないのに・・・・・・」


一枚、一枚、フィルムがはがれていくみたいに理性が剥ぎ取られていく・・・


「ねえちゃん・・・・」


かすれた声で呟く。それはオレの知っているオレの声じゃないような気がした。


「ん・・・なあに、尽?」


キャンパスから目を離して、俺を写すねえちゃん。瞳、唇、髪の毛、体全部がオレを誘ってるみたいだ。

小首を傾げると髪が悪戯に揺れた。腕を伸ばし、姉ちゃんの頬に触れる。


「尽・・・・?」


ねえちゃんは不思議そうに呟いた。オレが何考えてるのかきっと一生わからないだろう。



ああ・・・・・・・・・ごめん・・・・・・・・ねえちゃん・・・・・・・



そう思いながら、少し背伸びをして唇を近づけ・・・



たったったったったったた〜〜〜〜〜♪




突然、軽やかな着信メロディーが鳴り響く。と、同時に冷水をかけられたように理性が戻った。


やばっ・・・・・かったぁ〜(大汗)マジ、オレ、一線踏むところだった。


「尽・・・・大丈夫・・・?具合悪いの??」


「あー・・・・・ごめ。なんでもないから、それよりケータイでなよ」


「あ、うん・・・・・・はい、もしもし」


ねえちゃんが携帯を取り出して、言葉をつむぐ。

その次の瞬間、ねえちゃんの表情(かお)が鮮やかになった。まるで息を吹き返したように。


その表情は、・・・・今日の朝、あいつに会うために家から出たのと同じ表情。


「あ、うん・・・・え・・・・ううん、こっちこそ・・・」


幸せそうに笑いながらねえちゃんはあいつと喋ってる。・・・・さっきまでオレが色々言ってたのに、それなんか適わない。


どーしてオレじゃ、だめなんだ・・・ねえちゃん・・・・。


「ねえちゃん、部屋戻って話せよ」


できるだけぶっきらぼうにならないようにがんばったけど、やっぱり言葉は乱雑に口から滑り出た。


ねえちゃんはそれに気づかないようで、コクンと頷くと(ちくしょー、やっぱ可愛い・・・)居間から出て行こうとした。


「あ・・・」


オレはもうほとんど乾いたパレットに水を足して、溶かしていると後ろから思い出したような声が聞こえた。

「尽」


「んー?」


顔だけ後ろ向けると、とても優しい笑顔・・・・・それはあいつと話しているときの一番ねえちゃんが輝いている顔。


「ありがとうね」


そういうとねえちゃんは、居間から出て行った。残されたのはオレと冷えたホットミルクのマグカップだけ。


オレはその笑顔に見惚れながらも、ソファーに沈み込んだ。


「・・・・・・・・・・・・・・・・いってー・・・・・・・・・」


あの心からの笑顔を向けられた喜びと、


あいつにはいつもあの表情を見せているという嫉妬と、


あいつよりやはり負けているという子供っぽい嫌悪感


この3つがぐじゃぐじゃになって心を満たす。目がぼやける、・・・・なんで、こうガキっぽいんだろう。

「・・・・・・・・・・情けねー」


そういった声は我ながら切ない、ドラマとかだったら「こいつ、うまいなぁ」と思わせるような言い回しだった。
・・・・・・・・・・本当に情けない。


顔をあげて、キャンパスを見る。にじむキャンパスは色の境界線が余計にはっきりしなくて、・・・・・・・・・・泣いているようだった。


「あー・・・・・・・・・狂ってんなー、オレも」


泣きたいのか、嘲笑いたいのか、・・・・・・・狂いたいのかもうオレにはわからない。



オレはパレットをとって右下の隅の白に色を塗った。


この胸に巣食う想い、いや狂いの色・・・・・・・・・・・・・


それはねえちゃんが言ってた暖色系の色ではなくて、オレの本性。


・・・・・・・・深い深い暗く寂しい禁忌の藍(あお)。


「・・・・・くくっ・・・・はははははは・・・・・・・・・・」


それは心の中の狂った穴に似ていて、痛いほど笑った。





涙は流れない。


ねえちゃん・・・・・・・・・・愛して、るよ・・・・・・・・・・


あいつなんかより、ずっとずっと・・・・・・・


ねぇ・・・・・・ねえちゃん?





遠くでどしゃぶりの雨の音が響く


晴れる日は、遠い――――――――――――――――――――――――













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