「なあ、フィーア。恋とはどのようなものなのだ?」

 

フィーアの背中に愛しい主からそんな問が投げつけられたのは、三時のお茶の準備をしていた時だった。

フィーアは落とさない代わりに、皹が入るのではないかと思うくらいにティーポットの握り手を握りしめてから、

ゆっくりと置いて完璧な笑顔で主・アリアに向き直った。

「まあ、いきなりどうなされたのですかアリア様」

「うむ……先程、シビ…珠紀と祐一と話していたのだがな、珠紀の初恋がどうとかで話が盛り上がってな、

 段々二人だけしかわからぬ話になって、つまらなくなったから部屋を出てきたのだ」

「なるほど………」

その話を聞いてフィーアは頭を押さえた。

そのまま主が部屋にいたら、きっと二人のキスシーンを目撃したハメになっただろう。

アリア様はまだ幼いのですから、もう少し謹みを覚えて頂きたいものですわ………祐一君には。

キス癖がある上に手が早い、直上型マイペースな恋人を持つ珠紀に内心、フィーアは同情した。

そんなフィーアの内心を知る訳がないアリアはムッとした様子で、フィーアに声をぶつける。

「で、恋とはどのようなものなのだ?初恋とはなんなのだ?」

「えぇっと、そうですわね………あ、アリア様、少々お待ち下さいませ」

純粋な瞳に見つめられたフィーアは、苦し紛れにそう言うと

置きっぱなしだったポットを手に取り、予め温めていたティーカップに紅茶を注ぐ。

答えを探しながらも、フィーアの体は砂糖三杯にミルクを二匙、ティースプーンで五回かきまぜてゆく。

この案配がアリアが最も好むもので、フィーアは数えきれないほどアリアの為にこの行動をしている。

「どうぞ、アリア様」

「うむ……」

それをアリアの前に置くと、アリアは上品にカップを取り、一口飲んだ。

そしていつものようにその味に満足げに笑うと、

「で、答えよ。フィーア」

(………誤魔化せなかったか)

フィーアは内心、舌打ちをしつつも、表面上は穏やかな笑顔で

『そうですわね…』と一応弾き出した自分なりの答えを口にした。

「私が思うに………恋とは深く想う事だと思いますわ」

「深く想う?」

不思議そうに見上げるアリアに向かって、フィーアは心からの微笑みを返す。

「はい、アリア様。私が考える恋とは、何よりも誰よりも……我が身よりもその方を想う事かと」

 

小さくても、想いは良くも悪くも原動力となる

間違えれば憎しみに

正しければ愛しさに

 

フィーアにとって

恋はきっかけだと思ったのだ

 

「……そうか」

フィーアの笑顔にアリアは何かを感じたのか、納得したように息をついた。

むぅっと考えるように眉を寄せるアリアに向かって、フィーアは優しい笑みでこう言った。

「えぇ、アリア様も珠紀さんのように素敵な恋が出来るといいですわね」

「フィーア、お前の論だと私は既に初恋を経験している、というか現在進行形だ」

アリアの言葉にフィーアは驚いた。

アリアはモナドと言う役職上、季封村に来るまで殆ど他者と関わる事がなかった。

ロゴスの長老連中とは思えないから、アイン、ツヴァイ、フェンフ……

ああ、供にいた時間は短かったが鴉取君かも知れない。

随分仲が良さそうに、楽しそうに喧嘩していたから。

フィーアはそうある程度予想を巡らせてから、覚悟を決めたように

「………アリア様、その……アリア様の初恋の相手を伺ってもよいでしょうか?」

いつも穏やかなフィーアにしては、随分固くしこった声だったが、

アリアは気付かないのか気にしていないのかあっさりと告げた。

「私の初恋はお前だ、フィーア」

「…………え?」

先程の初恋経験済みの発言を聞いた時よりも瞳を大きく見開かせ、ついでに口まであんぐりと開けてアリアを見る。

だがアリアは

「いや、『初恋はお前だ』だと完了みたいだな……でも他にいい言い回しは知らないし……後で珠紀に教えてもらおう」

などとぶつくさいっている。思考がまとまって余裕が出たのか、アリアの瞳がフィーアを映す。

「どうした、フィーア?」

言いたい事は色々頭を駆け巡る。

しかしフィーアの口から出てきた言葉は下らない迷信だった。

「アリア様………初恋は実らないものですわよ?」

それを聞いたアリアは顔を曇らせ、真剣に困ったように唸った。

「それは困るぞ、フィーア。私はお前と幸せになるって決めたのだからな」

そう言い切る瞳は何よりも純真無垢な聖なる―――否、聖なるなんて言葉じゃ表せないほど強い力を秘めている輝きだ。

 

何よりも―――――愛しい私の主。

 

フィーアは真剣に考えはじめたアリアを見て、くすりと笑って付け足した。

「ですがアリア様、ジンクスは破るためにあるのですよ……祐一君と珠紀さんのように」

 

過去から練綿と続いた悪しき、忌まわしい風習

それを小さな、でも何より強い、己が想いの力だけで打ち砕いたのは祐一と珠紀だ。

 

そう告げられ、アリアはまたもや考えこむ。

だが、先程よりその表情は明るい。

「ふむ……ジンクスは破られる為に存在する、か……

 そうだな。従っていたら私とお前の幸せに支障が出る。

 伝統は重んじるべきだが、悪しき因習は断絶するべきだな、私達の手で。

 …………そうだな、フィーア?」

 

見つめてくる瞳は聖母の心よりも

澄んでいて、優しくあたたかで、力強く輝く。

フィーアはいつものように、だが何時もと同じく最愛の主にだけ向ける麗しい笑顔で答えるのだった。

 

 

「ええ、アリア様の御心のままに」











up/2006/10/8


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