桜並木を歩けば「ああ春が来たな」って思う

「ああ、夏だな」と花火大会の夜に花火を見上げている時に感じる

秋の紅葉狩りで青空から落ちる紅葉葉のコントラストは秋を無性に感じさせて

そして俺にとって冬は、クリスマスツリーでも門松でもなく―――


「あー、寒い!人いない!!うん、これぞ冬の海よね!!」

そう言って(寒いくせに)何故か嬉しそうに笑うコイツと見る海だったりする


海聖には冬の海は似合う。そして似ていると思う。
何処か寂しそうに見えて実のところただ悠然と構えている様とか、一部の魅せられた人間を惹き付けて放さない所とかは海聖っぽいし、
海聖の外見も俺のなんちゃって銀髪モドキ(俺の髪は海で自然に脱色された、金髪とも銀髪とも取れる薄い亜麻色の髪…だと思ってる)ではなく、
天然の銀髪で夏よりも冬っぽいと思うし、コイツの名前自体に(微妙に羨ましいことに)海って入ってるからそう感じるだけかも知れないけど。
海聖と出会って―――いや再会して4回目の冬だけど、毎年コイツは何故か冬になると
『海行こう、海。冬の海見に行こう』
と俺を誘う。4年前は何故か冬の海がネットの地域情報ページで取り上げられてたから
「こいつも情報とか見てるのか…」と驚いた記憶があるけど、流行りもとっくに廃れて誰も見向きもしなくなったこのスポットに
毎年律儀とも言えるほど必ず俺を連れて、人気もない寂れた場所に来る辺りただ単純にこのスポットが気に入っているんだろう。
4年前の俺よ、残念だったな。その感心は全然的を得ていないぞ。

海聖は何が楽しいのか傍目にはさっぱり理解できない幼児特有の無駄に高いテンションで俺の横を歩く。
遠くの砂浜を見ていきなり走ったかと思えば、俺のところダッシュで戻ってきて、
「乾いている場所だと足跡って案外つかないのね、ただのヘコミになっててガッカリ」と笑ったり、
波打ち際まで駆け寄って波を追い追われてみたりしている。
俺はたまにそれに巻き込まれたりもするけど、基本海聖は1人で行っているため、ただぼんやりとそれを眺めていた。
正直俺は冬の海より夏の海が好きだし、海って言ったら入って波乗りしたいし、
けどこう寒くて、空もぱっとしないどんよりとした冬特有の冷たく重い天気じゃ、波乗りしたってさほど面白くないのはわかりきってるしで、
こんなぼやけた思考をしている他ない。空を見上げれば、鈍色の積雲の隙間から微かに濁った白い空が見えて、
ぼんやりとした思考の中、雪が落ちそうだな、なんて思った。



どれだけそうしていていたか。
頬を撫でた北風の冷たさに背中が粟立ち、俺はようやっと顔を空から海へと戻す。
体感時間より長く空を見上げていたのか、少しだけ首が痛かった。
「おい、みさ…」

おい、海聖。そろそろ家に戻ってコーヒー飲もう。

毎年、冬の海から行くお決まりのコース(去年までは家じゃなくって珊瑚礁って言ってたけど)へ誘う文句を口に出そうとして、
けどそれは喉の奥で引っかかって途中までしか出てこなかった。

ザザーン……ザザー……ン……

目の前には空を映したような鈍色の海原と、夏と変わらずに白い砂浜。
それだけしかなくて、先ほどまでそこにいたはずの海聖はどこにも見当たらなかった。
一瞬、思考が停止して、ただそれらの光景を眺めていたが、すぐさま弾かれたように首を左右に巡らす。
けれど視界に入るのは海と砂浜と、どんよりとした空だけで人っ子一人いなかった。
名前を呼ぼうとしても、凍りついたように喉からは声が出なくて、ただ呆然とそこに立ち尽くすほかなかった。

ザザーン……ザザーン…ザザー………ン………

ただ聞こえるのは波の音だけで、誰もいないこの場所は酷く俺を孤独に追いやる。
いつもならば海は俺の何よりも身近な存在の1つとしてそんな事を感じたりはしないけれど、
何故か今は全く知らない存在のようで恐怖すら感じる。
―――まるで世界には何もなく、俺だけが存在しているようで。

「瑛、どしたの?」

そんな忌々しい世界を壊してくれたのは、あまりに平凡な一言。

「わっ、ちょっと瑛!??」

その声で俺は自分が海聖を抱きしめていた事に気づいた。完全に無意識下の行動だった。
腕の中に冷たくも温かい細い体があるのに安堵して、俺は少しだけいつものペースを取り戻せた。

「……お前、何処行ってたんだよ?」
「自販機。「あったかい飲み物買ってくるけど、いるー?」って言ったら「ああ」って言ったじゃん」
「………知らない」
「無意識で答えてたのか……人の話ちゃんと聞こうぜ?」

その憮然とした言葉に答える事無く、俺は何を焦っているのだろうと思いつつももっと強く抱きしめた。
加減が利かなくて痛みを感じるだろうほどに強く抱きしめたのに、海聖は何も言わずただ俺の為すがままになっている。
音もなく何かが落ちる音が重なってから、腕が俺の背中に回された。

「……ごめん。心配した??」
「………………別に」
「じゃ、離れる?」
「……お前が腕回してんじゃねぇか、離れられるわけないだろ」
「それもそね」

こんな子供染みた言い訳を笑って流してくれる優しさに甘えて、俺はただ細く温かい体を抱く。



行かないで 俺を置いて消えないで
泡となった人魚姫のように
海に落ちた雪のように

俺の前から消えないで

掴んだこの手は永遠だと、俺に信じさせて



「……前にさ、置いて行かれた私が不安になるのならわかるんだけど、何で置いて行った瑛が不安になるのかな?」

そんな事を言いながらも背中に腕を回して、のしかかる俺の頭をポンポンとあやすように叩く優しさと、
全身から感じる脆さや掌の華奢さが堪らなく俺を不安にさせる。

「……大丈夫。私はここに、瑛の隣にいる。私は離れないから」
「………」

まるで子守唄のように耳元に囁かれる優しいその言葉に、俺は赤らんだ頬を隠すように海聖の首筋に顔を埋めた。









2006/8/23up

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