時代という広大で誰も手をつけられぬ流れを

 

ムリヤリ自分の意思で捻じ曲げる

 

それは果たして正しいことなのだろうか?

 

 

ザンッ――――

ギィヤアアアアアアアアアア…

鈍い手応えの後には、耳を劈くこの世の全てを呪うような断末魔。

それに遅れて、甲高い鈴のような物音が辺りを包み、断末魔を上げた怨霊を跡形も無く消し去った。

望美が小さく息をつく音は、源氏武士達の野太い歓声に掻き消される。

 

「すげぇ!!さすがは神子さまだ!!」

「ああ、神子様はすげえ!!」

 

そんな賞賛の言葉ににこりともせず、望美は辺りを見渡した。

すると北の方角に数体の怨霊が見える。相手をしているのは九郎と景時だ。

ある程度、決着が付いているのかすでに怨霊の動きはない。

認識する前に駆け出す。だってそれを浄化できるのは己のみだ。

後ろから誰かの止める声が望美を追う。しかし望美は振り向かずに、剣を構えた。

まだ、先ほど斬ったばかりの怨霊の体液が剣を覆っている。

腐臭とぬめった液体が纏わり付いている剣を、空で一閃して液体を振り落とす。

そして切っ先を動きを止めている怨霊へと向け、振りかざした―――

 

 

 

人は時には勝つし、時には負ける

 

物事には勝者と敗者がいるのは当然

 

それを上書きして、変えることは許されるか?

 

 

 

上がる息を押し殺しつつ、頬に飛び散った怨霊の体液を拭う。

手の甲に黒ずんだ血のような、腐った肉のような液がこびり付く。

思わず湧き上がる吐き気を飲み込み、望美は剣を下ろした。

今日の所―――いや、今の所は平家から放たれた怨霊はいなくなった。

それは全て望美は斬り、浄化させたからだ。

毎回、何十体から何百体という怨霊が平家から源氏軍に送られるが、今のところ望美の尽力もあり全て退けている。

何体、何十体、何百体斬ったか、すでに数えるのは止めた。

逆鱗を使い、過去に遡り、未来へ行き、また遡り…

そんな事を繰り返している中、自分が何体斬ったかなんて覚えていると気が狂う。

崩れそうになる膝をぐっと踏みしめ、望美は振り向く。

疲れた顔は見せず、毅然とした戦神子の面影で源氏軍を見やれば、無敵の神子に陶酔している源氏軍の武者達が目に入る。

望美は喉の奥から湧き上がる吐き気を必死に抑えながら、笑う。

その笑顔は戦場の中、鮮やかに光り輝いた。そして勝ち鬨を上げる代わりに、笑顔のまま剣を上げる。

 

う、

うお

うおおおおおおおおお!!!!!!

 

怒涛の様な歓声。

 

神子様神子様

白龍の神子白龍の神子

神子様神子様神子様神子様白龍の神子様

 

望美を讃える言の葉が武者達の口から紡がれる。

 

 

嗚呼、まるで呪いの言葉のよう

 

戦を勝利に導く毅然とした神子の笑顔のまま、望美はそう思いクスリと笑った。

 

 

 

「お前は馬鹿か!?」

厳しい九郎の声が幕内に響く。日が暮れた陣内は、篝火を焚いても薄暗くどこか寒々しい。

しかしその鋭い語調は、明るく騒がしい宴の喧騒に塗れて幾分か切れ味を鈍らせる。

幕内にいるのは九郎を始めとする将臣を覗く八葉と白龍と朔、そして望美の十人。

険しい顔付きの九郎に比べ、馬鹿という烙印を押された望美は怒鳴られた状況の割りに落ち着いていて、

いっそ「ふてぶてしい」と言えるまでに不機嫌そうな表情で口を開いた。

「馬鹿って言い方はないでしょう?そりゃ確かに少し兵煽りすぎたかなーって思ったけど」

「そういう事じゃない!!一人であんな無茶とも言える戦い方をするなんて…お前は女という自覚はあるのか!?!!」

「月のモノあるからとりあえずは女だと思うけど?」

さらりと言った明け透けのない言葉に、朱雀ペアと白龍を覗く面子が微かに頬を赤くした。

純情の代名詞であろう九郎と、悩める青少年代表譲なんか火が出そうなほどに真っ赤だ。

ぱくぱくと酸欠寸前の金魚のように口を開く、九郎にさらに望美は言う。

「だって私が動かなきゃしょうがないでしょう?封印できるの私だけだし、浄化しなきゃ復活するし」

「だ、だだ…だが!!だからといって最近のお前は無茶をしすぎだ!!

 一人で全てをやろうなんて思うな!俺達に少しは頼れ!!!」

その九郎の言葉に、初めて望美はピクリとした反応を返した。

呆れの表情は急速になりを顰め、能面にも似た無表情が顔を覆う。

それは武装のように隙なく顔を覆うため、誰にも本心が解けない。瞳が暗く濁っているようにも、張り詰めているようにも見えた。

「最近…?それって、いつ?いつからよ?」

震える声音で望美は言った。その瞳は涙があふれないのが不思議なほど揺れている。

「頼るって誰に?皆には力を貸してもらうけど、皆にムリをさせる気はないし、私自身が動かなきゃ怨霊には勝てない!!」

「だからといってお前が無茶して、傷ついてしまったらどうするんだ!?」

「構わない!!!」

息を置く暇もなく言い放った望美の言葉に、九郎は意味を理解しかねた様に一瞬息を詰まらせた。

それから脳に染み渡った望美の言葉の真意に対し激昂した瞳で望美を見つめ、怒声を放とうとした。が―――

「大将、神子様!まだ軍議を行ってるんですか?」

幕内に一人の武士が入ってきた為、九郎の口から言葉が漏れることはなかった。

武士の顔はほんのり赤くなっていて、すでに少し酔っているようだ。

突然の乱入者に九郎はキッと鋭い太刀のような視線を向ける。

しかし乱入した武士は酔っているためか、その雄弁な視線を解さない。

「まだだ。先に戻って酒を飲んでいろ」

「長い時間俺等だけで宴をやっていても、ちっともおもしろくないんですよぉ〜。

 今日は神子様のお陰で見事な勝ち戦じゃなかったですか!!軍議なんか後回しにして、早く宴に出てくださいよ〜!!!」

「そうですぜ大将!!」

そういいながら、また一人幕内に入ってくる。先に来た武士より年嵩で、顔を真っ赤にしている。

入り口に近かった望美の鼻腔に、むわっと酒気が流れ込んでくる。

顔を少し顰めて周りを見渡すと、大分幕内の奥にいる朔も同様の動きをしていた。

大将達などの幹部がいないうちに、兵たちは皆相当飲んでいるようだ。

突然、望美の手首が掴まれた。掴まれた所から熱い体温が染む。

掴んだ相手を見れば、また別の武士。自分とそう歳は変わらないであろう幼い顔に、人好きのする笑みを浮かべている。

しかし握られた力加減と体温の高さから、彼も相当酔っている事が容易に知れた。

「えぇーと・・・」

「ほらほらぁ、はやく神子様も宴に行きましょうよ〜」

「こら、まだ軍議は終わっ」

「大将も、ささっ!!」

若い武士に注意をしようとする九郎も、後ろから先ほどの年嵩の武士に押されて言葉が続かない。

周りを見渡せば大人数の武士たちがすでに侵入しており、八葉の皆や白龍、さらには尼僧である朔までも宴に出させようとしている。

望美は九郎は武士たちの前でこの話をしない事を予想していた。

いや、正確に言うと九郎はしてもいいと思っているかもしれないが、彼の腹心の策士と平和主義者な軍奉行が止めるであろうと理解していた。

あの二人が他の武士たちの前で大将と神子が対立するなんて、味方の指揮の下がる事を許すわけがない。

故に望美は若い武士の強引な力に多少眉を寄せつつも、あがらう事なく幕の外の宴会の席へと向かった。

後ろから九郎の声が聞こえたが、すぐに彼も宴会の席に来ることになることは明白であった。

 

 

昔からぼーっとしているワリには、要領がよかった。

いつもぼーってしている、と母や父、それから年下の幼馴染には言われていたが、そうではない。

嫌なことは最初から自分の周りに来ないようにしていたし、来てもするりと逃げていた。

別にどうでもいい事は大抵やった。下手に反発して、物事がこじれる方が望美にとっては面倒であった。

それに気付いているのはきっと同い年の幼馴染の彼だけだろう。

だから無法地帯と化した酒宴から抜け出すことは、望美にとっては容易い事であった。

むさ苦しいばかりの酒宴から離れれば、心地よく冷えた夜風が身体を包む。

腰には常の通り、細身の諸刃剣を携え、望美は夜の森を歩いていた。

後ろを見れば赤々と燃える篝火と、違え様もないほどの宴の喧騒。迷う心配は皆無だ。

歩くのも飽きて、その場の手ごろな岩に座り込む。

「ふぅ………」

座り込むと同時に重い溜息が肺腑の奥からせり上がり、望美の唇から漏れる。

どっと、体が鉛のように重くなったように感じる。知らないうちに力が抜けていて、岩からずり落ちない様に必死にバランスを取る。

ザワザワと夜の森が不気味なざわめきを立てる。それは望美を刺す様に止む事はない。

「ダメだなぁ………弱気に、なってる」

自嘲の笑みを浮かべてそう呟くと、胸元から下げている白龍の逆鱗―――遠くて、今はまだ先の過去に手渡されたそれを握る。

昏い闇にも清浄な気と光を放つそれは、怨霊の血肉と自らの我儘で汚れた己には眩しくて、首から下げている事も憚られるほど美しい。

「……」

首から外して夜空に翳すと、星灯りと月明りに照らされて、やわらかな虹色に発光する。

 

「………運命なんて、変えられなければいいのに」

 

一つの結末に絶望して

運命を上書いて、上書いて、上書いて

それでも確実に絶望は生まれ出で

上書く前の運命と、上書いた後の運命

無尽蔵に生まれ出て

朽ちることも減ることもないそれに押しつぶされそうになる

 

 

でも

 

「それを選んだのは、私。か……」

 

遠い運命で焔の中、ただ私を助けるために力を渡した白龍がいて、

何も出来ない自分に絶望して運命の上書きを決意したのも、今、ここでこうやって後悔している自分だ。

 

『何かを得るために、何かを捨てる』

 

至極簡単な摂理だ。全てを手に入れようなんて、望んでいない。

それほど我儘が言えるほど己を知らないわけじゃないし、また我儘を叶えるだけの力があるわけではない。

全てを救おうなんて、土台無理な話なのは承知の上だ。

 

 

でも、こんな月の夜は考えてしまうのだ。

同じ、望月の名を持つ、光の下で己の業の深さを、己の罪深さを――――

 

 

 

 

夜風が、体を包む。

手元でやわやわと、不思議な柔らかさと温かさを放ちながら光る龍の逆鱗を、望美は首にかけた。

ひんやりとするかと思ったら、光同様に思いのほか温かい。

それは自分の体の冷たさを気づかせた。

 

「戻らなきゃ」

 

皆心配しちゃうし、と考えながら、腰掛けていた岩から立ち上がる。

それは先ほどと違い、迷いない動作。

源氏の神子として、求められる動作。

 

そして望美は振り向く事無く、颯爽と風を配下に歩き出すのであった。

 

 

 

―――――――偽物の英雄だと、わかっていても私はそれを受け入れる      みんなを・・・まもるために

 

 

罵倒されても、怨まれても、彼女は歩みを止める事はないだろう。

理解されても、されなくても、彼女はただ1人で歩き続ける。

後世に何と伝わっても、彼女はただ己の望みを果たす。

 

たとえ、その真実は月しか知らなくても。






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