『あははは。いいじゃない、いつまでも若々しくて』

そう言った口で

『ちょっと、さみしいけどね』

と泣きそうに笑った君

 

その涙すら拭えない己に、僕は苛立ちと絶望を感じるんだ

 

 

 

彩都の郊外に建つ庵。

そこは名高い符術師として、知る人ぞ知る五家宝麟の住処である。

その庵の中、主である麟は一心不乱に書や巻物を読んでいた。

いや、一見はただぱらぱらと手慰みに読んでいるように見えるが、

瞳の鋭さや手慰みにしては素早い指先、また、周囲に堆く積まれたそれらの数々―――

古本屋に持っていけば相当の値が付きそうな古代書・門外不出の巻物ばかりという状況が、

ただの気まぐれでない事を表している。

「…………ねぇ、麒伯」

「何でしょうか、麟さま」

頁を捲りながら視線も寄越さずに声をかけた主に、麒伯は乱雑に置かれた用済みの書物を纏めている手を止め、答える。

主を見やれば、今は本当に手持ち無沙汰なのか、ぴらぴらと頁を弄っている姿が見えた。外見年齢に似合った、幼い動き。

だが、この少年にしか見えない術師は、三百年近くの時を生きているのだ。

その長い時の中、麒伯を創り従わせ、人に関わったり、縁遠くなったりと、

風の無い日の青空に浮かぶ雲の様に生きている。

きっとこの先も―――――この国が滅ぶという長い長い先の見えない未来という歴史の区切りまで、

このままの姿でいる事を強制され続け、そのように生きるのだろうと思っていた。

だが、近頃の主は変わった。一人の、甘味処を切り盛りする、とある少女の影響で。

「ここには大抵の術書は揃ってるよね?」

「はい、麟さまがお持ちの限りの全てが、こちらに揃っております」

ぴら、と弄くっていた指を止め、麟は小さくため息をついた。

「……だよねぇ」

「はい。何か見つからないものでもございますか?」

「一族秘伝だった言霊術書」

麒伯は驚きのあまり、目を見開かせた。

「……それは」

「うん、わかってる。国に盗られて多分、最高級の国宝扱いされてるって事は。

 だけど何か少しでも他の書物に残ってるかなぁと思ったんだけど……やっぱないみたいでさ」

パタン、と術書を閉じて、近くに転がっている巻物に手を伸ばし、紐解く。

そして慣れた手つきで巻物を広げる。広がった先に描かれているのは、国の図面。それから―――

「…麟さま?」

「…………ねぇ、麒伯」

 

欲しいものができたんだ

 

 

 

「気が向いたら覚えていて」

そう言って、店の門を潜ると、中から「ちょっと麟くん!?」という愛しい人の慌てた声。

麟はその声に反応せず―――いや、口元は少し笑っていたが、そのまま雑踏へと歩き出す。

 

ごめんね、千歳。

こんな勝手な僕で、ごめんね。

 

きっと面と向かっていったら、いつもみたいに君は笑うだろうから、胸のうちでしか言わないけど。

 

雑踏の中、目立たない格好の町人が麟にぶつかった。

「…!?」

「あ、どーもすいません」

その際に麟の手の中に滑り込んだ紙片。

麟はその感触を確かめると、周囲をぐるりと見渡し、目立たない路地に入り込んだ。

そこにいたのは麟も知っている―――いや、ここ最近はよく接触をしていた、国の重鎮である王の臣下の姿。

国を倒そうという野心と、己の保身の間で揺れる瞳が、麟の大きな目の中に映っている。

麟は己を利用しようとする男に、無邪気な笑みを贈った。―――己もこの男を利用するのだから。

 

 

 

 

 

 

 

千歳

 

君に付けた千歳という名に込めた僕の願いは

君が僕と共に生きてほしいというものだったけど

 

今は違うんだ

 

 

僕が 君と一緒に生きたいんだ

笑って泣いて怒って、そんな日常の中、君と同じ時を過ごしたいんだ

 

君の時を停止させるのではなく

僕の時を動かしたいんだ

 

君と共に………老いたい

 

 

 

 

 

静かに追ってくる足音が近づいてきている。

麟はそれに気付き、懐から符を取り出すと、素早く背後を追っている影の軍団に向かって、詠唱をはじめた。

「符に込められし風の使者よ、我が後を追うものの足枷となれ。風・縛」

その術が発動した瞬間、今までより一層早く走り出すが、まだ数人、背後にくっ付いているのがわかる。

思ったより人数が多い、面倒だな。

そう思って小さく舌打ちをする。

国を挙げての大会の表彰式だから、さほど人数はいないだろう、と高をくくっていた自分の甘さが悪いのだが。

左手に持つ巻物を胸にしかと抱きしめて、麟はまた新たな符を手に詠唱を始める。

「符に宿りし地の精霊よ、我が行く末を遮ろうとする者の影を縫いとめたまえ。地・影・縫・縛!」

 

 

彩都から離れた氷凪の滝の奥にある氷室の中、麟は盗った術書を広げて、術の確認をしている。

術事態はさほど難しいものではないため、下準備は簡単に終わった。

これは最終確認だ。永い間、麟を縛っていた言霊の解除。前例がないだけ、どれだけの年月がかかるかわからない。

まぁ、どんなに時が経とうとも、ここが荒らされる可能性はまずないのだが。

都から遠く、利用価値も無いので、気にも留められていないのは最近のことではない。

唯一の例外が、ここで氷菓の材料を取る千歳くらいだ。

そう考えて、くすりと笑う。

 

愛しい人、約束を破ったことを謝ることもできないけど。

忘れるかな…?それでもいい―――君が選ぶ、幸せのままに。

 

麟はそう思いながら、言霊―――己を縛る望みの開放の術式をはじめた。

 

 

 

君に覚えていてとはいわないよ

 

だけど、僕は君を覚えているから

 

決して忘れはしないから

 

 

 

そうして、麟は長い永い眠りへとつく―――


後書き
2006年夏の一人祭り企画『歌姫方に花束を〜Diva from Adult Soft〜』フリー配布作品(現在は配布終了)
PCゲーム『Fate/hollow ataraxia(TYPE−MOON)』の主題歌・hollow(歌/rhu)の「君の名前だけは失くしたくないから」からイメージ。
hollowはシングルCD『hollow/Number201feat.rhu』としてジェネオンエンタテインメントから発売中。





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