天気、快晴。気候、温暖。

今日は私の重大使命決行日。

 

 

 

放課後になったばかりのエントランスの中、香穂子はある人を探していた。

香穂子の探し人は明るく、誰にも好かれる人気者だ。

人が多い場所を好む彼は、きっとここにいるだろうと思い、やってきたのだが、どうやらまだ来ていないようだ。

探し人が来るまで練習でもしてようかと考え、思いあたった事。

 

(…………ヴァイオリン、忘れた)

 

そう、香穂子は手ぶらだったのだ。気持ちが先走っていたため、相棒のことをすっかり忘れてしまったのだ。

いくら魔法のヴァイオリンだって弾かずに練習できるわけない。

急いで取りに行こう、と踵を返したその瞬間。

 

「うわぁっ!?」

「っ、きゃっ!!」

 

自ら、誰かの胸に突っ込む形でぶつかった。

その時見えた白い制服とオレンジ色のTシャツ、そして何より頭上から聞こえてきたその声に、

香穂子は弾かれた様に上―――ぶつかった相手の顔を見た。

 

「ひは、火原先輩!?!」

「や、やぁ日野ちゃん」

 

見上げた先には探し人である火原和樹の姿。いつもより近い互いの顔に自然と頬が赤くなる。

 

「ご、ごご、ごめんなさいっ…!!」

「ううん、こっちもごめんね。近くによって脅かそうと思ってさ」

 

ちょっと照れた顔が上級生と思えないほど可愛くて、不謹慎ながらも香穂子は小さく微笑んだ。

 

「でも、日野ちゃん。どうしたの?きょろきょろしてるかと思ったら、いきなり後ろ向くからびっくりしちゃった」

「え、あ、えーと、きょろきょろしてたのは人を探してたからで、

 いきなり後ろ向いたのはヴァイオリン取りに行こうとしたからです。

 ちょっと急いでこっちに来たので、ヴァイオリン忘れちゃって…」

「え、誰か探してるの!?俺も手伝うよ!!誰、誰??」

 

人のいい性格の火原はそう言って、ちょっと背伸びをしながら周囲を見回す。

それを見て、香穂子は急いで言葉を続ける。

 

「ち、違うんです!探してたのは火原先輩なので、もう人探しは終わってるんです!!」

「え……あ、俺?」

 

きょとんとした顔で自分を指差しながら香穂子を見る火原。

香穂子はぶんぶんぶん!!と勢いよく首を縦に振って、火原に『ひ、日野ちゃん!首痛めちゃうよ!!』と止められた。

 

「で、俺を探してたって事はなんか用あるんだよね?何??」

「え、えーと…」

 

本題に戻されて、香穂子の舌は固まった。

いや、正確に言うと固まったのではない、言い出しにくくなったのだ。

 

(せ、先輩…なんでそんなに目がランランとしてるんですか……!?)

 

緊張のあまり、香穂子の背中に汗が伝わる。

火原の瞳が輝く理由は、香穂子が探してまで頼みたい用事が早く聞きたいからだ。

『俺に何か頼み事をして!』という不思議なお願いを本人にしてしまうくらい、火原は香穂子に頼られたいと日々思っている。

そうでなくても、火原は香穂子に好意を持っている。

好きな子本人から自分を探していたと聞かされて、目が輝かないわけはないのだ。

 

そんな火原の内情を知らない香穂子は、その純粋に輝く瞳に気圧されて、いっそこの場から逃げ出したいとまで思ったが、

火原に見つめられているせいか、まるでその場に縫い付けられてしまったように足は動かせない。

パニック一歩手前に陥りかけた香穂子は、小さく息を吸った。

 

神様仏様菩薩様柚木様、この際何でもいい。背中を押してください。

 

……女は度胸!とりあえず当たってしまえ!!

そう自分をいきり立たせる。

キッと火原を見据えて、言葉を出した。

 

「きょ、今日、一緒に帰りませんか…ァ?」

 

緊張していたためか、語尾が不自然に上がってしまって、恥ずかしさの余り顔に火のついたように赤くなった。

火原は一瞬、その申し出にぽかんとしたようだが、香穂子の顔がが壊れたように赤くなったのを見て、慌てて声をかけた。

 

「わ、ひ、日野ちゃん!?大丈夫!?!?!」

「え、あ、はい、大丈夫です……」

「大丈夫じゃないよ!顔めちゃくちゃ赤いし!!」

 

そう言って、火原は香穂子の赤くなった頬を己の両手で包む。ひんやりとした手に包まれた香穂子の頬はさらに熱を増した。

 

「ひは、ひは、ひはらせんぱ……ッ!!!!!!!」

「ぇ………うあっ、ごめん!!!」

 

さらに赤くなって呂律の回らない舌で火原を呼んで、

はじめて火原は自分の行動の真意に気付いて、香穂子以上に赤くなって手を離した。

 

「えと、あの、日野ちゃん真っ赤になったから、俺の手結構冷たいし冷えるかなーとか思ってやっただけで!!

 へ、変な意味とか持ってないからね!!!??ていうかいきなりごめんね!!!!」

「え、あ、はい。大丈夫です、ちょっと恥ずかしかったですけど、その…嬉しかったです……」

 

香穂子以上に赤くなってわたわたと弁明する火原を見て、逆に香穂子は平静を取り戻した。

頬の赤みもまだ残っているが、火原ほどではないし精神が落ち着いたから気にならない。

香穂子が小さく呟いた最後の本音は、慌てている火原の耳には入らないと思ったからだ。

だが、偶然にも火原の耳にその言葉は滑り込み、火原は自分の動きを止めて、小さく「ぇ?」と呟いた。

しかし香穂子は聞こえていないと思っているので、それには触れず話を続けた。

 

「で、あの、今日の帰り、一緒に帰ってもらえませんか?」

「あ……それは嬉しいけど、何で?」

 

火原は衝撃発言のせいで固まった頭を一生懸命動かしながら香穂子に聞くと、香穂子は照れたように笑いながら

 

「いつもいつも先輩に誘われるの、やめにしようかなって。私も先輩と一緒に帰りたいんです」

 

と言った。続けてこう言う。

 

「『今日は先輩、帰り誘ってくれるかなー』っていつも考えてたんですけど、それじゃあいけないなって。

 待っているより、行動したほうがいいですよね。やっぱり」

 

そうはにかんだ笑顔に火原の顔はまた赤くなった。

 

「………うん、ありがと香穂ちゃん。誘ってもらえて、俺、すっげー嬉しい」

「……あれ、香穂ちゃん…?」

「俺もさ、今日言おうと思ってたんだ。君の事、香穂ちゃんって呼んでいいかなって?

 俺、もっと香穂ちゃんと仲良くなりたいんだ。俺のことも、下の名前で呼んでいいから…嫌?」

 

照れながらそう優しく話す火原に微笑まれ、香穂子は勢いよく首を横に振った。

また心配させるといけないから、二回ほど大きく振って

 

「嫌じゃないです、嬉しいです…!」

 

と笑った。その笑顔を見て、火原もまた微笑む。

 

「よし、じゃあこれから俺は君を「香穂ちゃん」、君は俺を「和樹先輩」って呼ぶ!ねっ?」

「はい!ひ…和樹先輩、今から急いでヴァイオリン取ってくるので合奏してもらえませんか?」

 

言いにくそうに、けれど一生懸命「和樹先輩」と呼ぶ香穂子に、火原は嬉しそうに笑いながら言う。

 

「うん、合奏しよう!俺も香穂ちゃんと合奏したいからさ、準備してるね」

「はい、じゃあ急いでヴァイオリン取ってきます!」

 

ぱたぱたぱた、と走り出す香穂子の背中を「転ばないように注意してねー!」という火原の声が追う。

香穂子は振り返らずに「はい、大丈夫です」といいながら小さくガッツポーズを取った。

 

―――火原も香穂子に背を向けると、小さくガッツポーズを取る。

 

 

((………よし、一歩前進…!!))

 

 

 

お互いに踏み出した小さな一歩、

 

だけれどもきっと、二人で歩み寄れば

 

すぐに隣に近づける

 

 

 

天気快晴、互いの音色が重なる

 

 

そんな始まりの一歩の日



2006年夏の一人祭り企画『歌姫方に花束を〜Diva from Adult Soft〜』フリー配布作品(現在は配布終了)
イメージソング/PC&PS2ゲーム『初恋(PC・RUNE/PS2・プリンセスソフト)』の主題歌・初恋(歌/佐藤裕美)
          『初恋オリジナルサウンドトラック』、佐藤裕美テーマソングコレクション『Sugar kiss』に収録。






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