夏休みも半にかかろうかという熱帯夜。
羽ヶ崎学園の熱血風紀委員・氷上 格は塾の夏期講座帰りにコンビニへと立ち寄った。

決していかがわしい代物を買いにきた訳ではない、シャー芯がなくなったのでそれを購入しに来たのだ。
コンビニに入り、文房具コーナーに向かおうとコピーコーナーを通りかかった時、
「あれ、氷上?」
という呼び声がかかった。
聞き慣れた声だったので、無意識に振り向いたのだが
「あ、やっぱ氷上だ。やっほー、奇遇だねぇ」
「なっ…ななななな……!!!狭倉君っ!?!?!」
と、呼び止めた人を見て、思わず上擦った大声を上げてしまった。
………正確に言うならば、呼びとめた当人・狭倉 海聖の格好を見て、だが。
「? どうしたの氷上?顔赤いよ?」
「は、狭倉君…!きっ、君は何て格好でこんな夜更けに外に出てるんだっ!?!」
「何て格好…って別に夏だし近所だし普通じゃない?」
とコピーをとり終ったのか、紙の枚数を数えつつ海聖は反論をした。
ちなみに氷上が赤面する格好とは、
黒地に白のレースがアクセントになっているキャミソールに、ウエストで大きくリボンを結ぶ白いホットパンツ。足にはミュール。
いつもは二つに高く結い上げられている髪は垂らされていて、風呂上りなのか微かに湿っていい香りを振りまいている。
と、まぁ本人の言い分もわからなくも無いが、健全たる青少年にとっては毒と言わんばかりの格好だったりする。
「狭倉君。いくら近所だからといっても、そのような露出の高い格好で外に出るのは危険だ。
 時間も遅い上、ここら辺は住宅街だろう?万が一、不埒な不審者に襲われでもしたらどうするんだ??」
「ここら辺、結構明るいから平気だよ。つーか、私、そこらの痴漢や露出狂には負けない自信あるし?」
ニヤリン、と意地の悪い笑みを浮かべて、彼女は自分の足を膝からホットパンツの裾までスルリと撫で上げる。
適度に筋肉が付きながらも女性的な優美さも兼ね備えている、美しいともいえるその足も、足を撫で上げる指先の細さも、
男を誘う艶かしい香気を発していて、氷上の顔はますます赤くなった。
「なっ……!!狭倉、そういう問題ではないだろう!!?!?」
「氷上、ここコンビニ。声のボリュームもうちっと下げよーねー?」
感情任せに怒鳴りたてれば、余裕綽々の顔で海聖に窘められて、さらに氷上の顔は赤くなった。
その氷上の様子にくすくす笑うと、海聖はコピーしたモノを手持ちのバックに入れて、氷上の横を通り抜けた。
コンビニの出入り口まで進んで、振り返って笑う。
「じゃーね、氷上ー。また縁があったら…」
「待ちたまえ」
用事が終わってコンビニから出ようとしている海聖を、今度は氷上が呼び止めた。
海聖はその言葉にいぶかしむ様に眉を寄せて、小首を傾げて「何?」と視線で訴える。
氷上はその視線に言葉で答えることなく、素早く文房具コーナーまで進み、シャー芯を手に取り、会計を済ませた。
そして海聖の前に戻り、一言。
「家まで送ろう」
視線は拒否を許さない強い意志で海聖を見据えた。その視線に射抜かれた海聖は、驚いたような無防備な表情になったのがわかる。
それをあえて無視をして、氷上はコンビニから出て
「ほら、狭倉君。そこで立っていると他の客の邪魔だろう」
と他の客もいないのに言い、固まったままの海聖の手首を掴み、引っ張った。初めて触れたその手首は、細く華奢な手首であった。


テクテクと、会話もなしに二人は住宅街を歩く。
氷上は数度、海聖と二人で下校した事があるから、家の場所は知っている為、いちいち彼女に道筋を聞くことも無く、
海聖は海聖でこの展開が予想外だったのか、ただただ黙ったまま氷上より数歩後ろについて歩いている。
夏のぼやけた宵闇をかき乱すのは、普通の住宅街よりは多いと言ってもやはり薄暗く辺りを照らす街灯と、天上に浮かぶ満月の光。
時たま、温い宵風が二人を撫でる。
―――最初に口火を切ったのは、海聖であった。
「……氷上、別に送らなくていいよ?多分、私、氷上より強いし」
その言葉に氷上が振り向けば、いつもの不敵な笑みを引っ込めて、戸惑って揺れている表情の海聖が瞳に入った。
月明かりは、幻想的な煌きを宵闇に散らばせている銀色の髪も、氷上の真意が上手く汲み取れないのか不安気な色を湛えている青い瞳も照らす。
氷上の右手には先ほど握った手首の細さがまだ生々しく残っていた。細く、柔らかで華奢な、異性の脆い手首。
氷上はその感触を打ち消すように、先ほど彼女の手首を掴んだ右手を握り締める。
「…ッ、いいか、狭倉君。君は女性で、僕は男だ」
「そりゃあ同性にゃ見えないね、氷上。あ、でも細いし顔は綺麗だからイケなくもないかもだけど」
「人の揚げ足を取るな。たとえ君が喧嘩が強く、僕が喧嘩が弱くても、それは変わらないんだ……
 君はいつもふざけて甘える癖に、こういう時に意地を張る……。少しは甘えろ」
そう告げると、海聖の顔からは不安げな色が消えた。
月明かりに暴かれたその表情は、驚きの後に―――淡い月明かりに似た微笑となった。

その微笑を受けて、氷上は思い出したのだ。この少女は、並外れた美貌を持っていたことに。
意識した途端に、頬に熱が集まっていくのがわかった。ああ、もう少しポーカーフェイスができないのかと内心、自分で自分を詰る。
それに気付いたのか、海聖は少し意地の悪い輝きを瞳に宿しながら、氷上の隣に並んだ。

「ふーん、優しいね氷上。フェミニストだったっけ?」
「お、男としては当然の事だ。最も狭倉がもう少し警戒心を持った格好をしてくれるなら、それがいいのだがな」
「文句は地球温暖化に言ってよ。暑いんだもん、仕方ないっしょー?」
「では誰か家族の者と一緒に行動したまえ」
「この歳でそれはヤなんすけどー……まぁ、こうやってプチデートできたしいいじゃん、氷上」
「は、は、ははは狭倉!?!何だそれは!?!?!」
「えー、氷上、私と歩くの嫌?私、外見はそれなりにいいと思うんだけど…
 ちなみに私は結構普通に嬉しいよー?氷上、嫌いじゃないし。こうやって並んで歩くのも新鮮。あ、腕でも組んでみる?」
「狭倉っっっっっ!!!!からかうのも大概にしろっっっ!!!!」
「あははは」

ぎゃあぎゃあと、海聖はからかいつつ、氷上はからかわれつつ、―――いつもの関係のまま、夏の夜の道を並んで歩く。
頭上には、生温い宵に漂い浮かんでいるように、満月が揺れていた。




up/2006/07/15

ブラウザのBackでお戻りください


SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送