『幸之進っていい名前だよ。だって「幸せに進む」んだよ?アンタらしくていーじゃん。私は好きだな』

そう言って、笑ったお前が いつもと同じお前なのに

何だか―――はじめて『かわいい』と思ったんだ







「魔法使いいるー?」
そんなふざけた言葉で音楽室に入って来た女―――狭倉 海聖に、針谷 幸之進はお決まりとなった台詞を叩きつける。
「ハ・リ・イ・だっ!お前、いい加減その呼び方やめろ!」
「あははー、いいじゃーん。ハリーなんでしょ?やーっぱ魔法使いじゃんかー」
そう言い合って、ニヤリと笑いあう。
字面だけ見れば険悪とも取れるが、これは二人なりのスキンシップというか―――お決まりの挨拶台詞なのだ。
扉を閉めながら、海聖は
「あれ?他の皆はー??」
と聞いてきた。
「ああ、ちょっと用事があって今日は来れないんだとよ」
「へー。じゃ、今日は自主練?」
「ん、そう」
「聞いてていいよね?」
そう幸之進の前に当たる机の上に座って、にっこりと笑う様は反論を許さない女王然としたもの。
元より反論する気が全くない幸之進は、ニヤリと笑って戯言を言う。
「いいけど後でお前もピアノ弾けよ、ヴォーカルレッスンしてーから。つーか、バンド入ってキーボードやれ」
「うわ、オーボー」
くすくす笑いながら、足を組む様を見て、幸之進は突っ込んだ。
「お前さ、オンナなんだから、そういう行動やめろよ。パンツ見えそうだぞ」
「スパッツ穿いてるから見えそで見えないチラリズムー♪
 ……てーかそう言うんだったら聞くけど、私のこと女って見たことあんの?」
そう聞かれて、幸之進は海聖の顔から爪先まで見つめてみる。

形がいい小さな逆三角形の顔の中には、大きな瞳に長い睫、
筋が通った鼻梁に薔薇色の小さな唇が最高のポジションで収まっている。
日本人離れした蒼い輝きを秘める銀の髪は長く、耳より上の高い位置で左右二つに結わえられて、
そのふわふわと柔らかく流れる髪は、二の腕の辺りで毛先が揺れている。
羽ヶ崎学園の修道女めいた制服に包まれた肩は壊れそうなほど華奢で、スカートからはほっそりとした美脚が出ている。
蠱惑気な笑みとニーソックスに包まれた足が艶かしい…

一般の男子なら二人であることを気に、色々と不埒なことを仕出かしてもおかしくない状況だが、
幸之進がじっっくり見て、発した言葉は……


「…………お前って睫なげーのな。マッチ棒乗せてみてー」
「うん、その言葉で君が私の事を異性として意識していないのがわかったわ」
にっこりと、蠱惑的な雰囲気など皆無の笑顔で幸之進に向けて海聖は笑った。
「ま、そんなハリーだから私も仲良くできんだけどねー。あ、私もオトコとして見てないから」
そう笑う海聖は通常時―――主に氷上や佐伯と接してるときより、断然素直に見える。
そんな海聖に「このオトコマエを捕まえて何だと!」と軽くデコピンを食らわせて
笑ってから、幸之進はエレキギターを肩にかけ弾き出す。
海聖はその音に浸るように瞳を閉じて、幸之進のギターに聞き入った。


幸之進はしばらくギターの練習をした後に、
「んじゃ、ヴォーカル練習に付き合え」と言って、海聖を半ば無理やりグランドピアノの前に座らせた。
海聖は苦笑しつつも、「魔法使い様のお望みのままに」と幸之進が練習でよく歌う曲を奏で始める。
何故、海聖がそのナンバーを知っているのかというと、
海聖は週2〜3回はこうやって幸之進の元に来て、バンドの練習を見ているのだ。
海聖は元々耳がいい―――というか絶対音感の持ち主なので、何回か聞いていれば弾けるようになる。
だからこうやって急な頼みでも、演習の手助けが出来るわけだ。
といっても、海聖のピアノのレベル自体も高い。
幸之進も詳しくは知らないが、コンクールで賞も取ったことがあるという腕前らしい。
冗談や世辞でなく、幸之進は海聖をバンドに欲しいと思っている。だが、何より幸之進からすれば
(あー……コイツのピアノすっげーきもちいー……やっぱ、こいつのピアノで歌いてーなぁ……)
という個人的嗜好もあるのだが。


数曲弾き終わってから、唐突に海聖はまだ気持ちよさそうな幸之進に声をかけた。
「ねぇ、何で幸之進って呼んじゃいけないの?」
瞬間、幸之進の顔は歪んだ。傍目から見てもわかるほど、心底嫌そうに。
海聖はその顔を見て、一言。
「うっわー、心底嫌そー」
「つーか心底嫌なんだよ、実際に」
「だから、何で嫌なのさ。オネーサンに話してみ?」
くすくすと笑いながら、グランドピアノの蓋に倒れこんだ幸之進の頭を「よしよし」と撫でる。
それをぶっきらぼうに払いのけ――
――
叩かれる直前に海聖の手は引っ込められたので空振ったが、幸之進はぼそぼそと話し出した。
「……………普通にダセェじゃん。じいさんみたいでさ、昔はしょっちゅうからかわれたし……」
「そう?サムライみたいでかっこいーじゃん」
「ダセェよ。つーかもうお前黙れ」
そう言ってそっぽを向いた幸之進に、海聖は事も無げにこう言った。

「幸之進っていい名前だよ。だって「幸せに進む」んだよ?アンタらしくていーじゃん。私は好きだな」

その言葉で海聖の方を見た幸之進は固まった。

海聖は柔らかく、優しい笑顔で幸之進を見ていた。
常の意地悪で気まぐれそうな輝きはなりを潜め、本当に優しく「幸之進」と口にする海聖。


ワタシハ スキ ダナ


『幸之進っていい名前じゃん。私好きだよー』
そんな言葉は何度も言われたことのある言葉なのに、
海聖の言ったその言葉はなぜか幸之進の胸に深く染み渡った。


「………海聖、お前すごいな」
「へ?」
「…サンキュ、少し好きになれた」
最初は何のことか解りかねていたようだが、意味が解ったのかだんだん嬉しそうに海聖は笑って
「それは何より♪……よかったね、シン」
「………ん」
海聖はそう呟いたきり、照れ隠しにそっぽを向いた幸之進の頭を優しく撫でた。
幸之進は今度は嫌がらなかった。




up/2006/07/15


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