雨の日にチョコレートって似合いますね
 
 
煙るような霧雨が街を覆う雨の日。
ここ最近は葵先輩が仕事続きだったから、久しぶりのデート?でもあるけど、私達はいつも通り、先輩のマンションで2人で過ごしていた。
私は先輩のマンションに持ち込んだ紅茶と、葵先輩が仕事でもらったという大手アイスメーカーの新作アイス・クラシックショコラを食べて、
葵先輩はそんな私を見て、皮肉を言いながらコーヒーを飲んで。そんな私達ではいつもの時間の中。
ふっ、と脳裏に浮かんだ考えをぽろりと口に出すと、
目の前で葵先輩は一瞬、大きく綺麗な瞳を瞬かせてから、売り物になるほど美しいその顔を思いっきり歪めた。
それでも美しさを悠々と保っている口から飛び出るのは、恋人に向ける言葉とは思えないほどに辛辣なお言葉。
 
「はぁ?ついに怪電波まで受信するようになったのかお前」
「電波なんて受信してませんよ。っていうかついにって何ですか、ついにって」
「電波じゃなかったら何なんだよ、その発言は。余計に痛いぞ」
 
営業用の笑顔とのギャップが激しい、私にとっては見慣れた皮肉たっぷりの笑いで見る葵先輩の視線を感じながら、
そんな思考をもたらした原因でもあるクラシックショコラのアイスを1匙掬って口にした。
口に広がるのは冷たさと、濃厚で芳醇なショコラの風味。
 
「ティータイムにはお菓子は欠かせませんけど、
 雨の日、特に霧雨に合わせるならチョコレート系がいいだろうなぁ、って思いまして」
 
これ食べてみたら、プリンとかチーズケーキとかショートケーキとか、たくさんあるお菓子の中でも、
雨にこれだけ似合うお菓子はチョコレートだけだろうなって思ったんです
本当に、何となくなんですけどね
 
食べながらそう言って、自分の中では話が落ち着いた所で葵先輩を見ると、
さっきと変わらない皮肉っぽい笑顔のまま何も言う気配がない。
だから私は意地悪な恋人が確実に内心、思っているだろう事を口にした。
「……ワケわっかんねぇ、って顔ですね」
「当たり前だろ?何、そんな曖昧な説明で俺に理解しろって言うのか。生意気な」
「はぁ……まあ私だってよくわかってませんもん。
 インスピレーションって奴ですし………あ、先輩も食べてみます?インスピレーションわかるかも」
 
多分断るだろうな。とわかっていながらも、私は一匙掬って先輩に向ける。
するとやっぱり、綺麗な眉を顰めて
 
「いい。撮影の時、嫌ってほど食ったし」
「いいじゃないですか。雨の日に食べると違うかもしれないし」
「違わねぇよ」
 
押し付けようとしても顔を背けるため、スプーンの中でゆるゆると溶けていくアイスクリーム。
仕方なしに口元に寄せるのはやめて、ふらふらと若干葵先輩寄りの地点でスプーンを遊ばせる。
 
「ああ」
「今度は何だよ?」
「濃厚だからかも知れない」
「はあ??」
「雨の日ってなんか希薄だから、濃い何かが欲しいのかも。それが甘いものなら一層、離れがたくて」
 
 
要はさびしいのかもしれない。
 
そう呟いてからスプーンを見ると、宙ぶらりんのまま遊ばれたスプーンの中のアイスは消え、溶けた残骸がスプーンを満たしていた。
今にもスプーンからこぼれそうなそれを、(行儀悪いけど)舐めてしまおうと腕を引っ込めようとした。
けどその手は葵先輩が掴んでいて、『なんですか?』と聞く前にそのまま引き寄せられた。
バランスが崩れて、机の向かいにいる葵先輩の胸にしがみつく。
その際、とっさに空いている方の手でアイスをずらした私はえらいと思う。
濃厚チョコレートの染みなんてなかなか取れなさそうだし。
 
「ちょっせんぱ……!!…っ!!?」
 
文句を言おうと見上げれば、すでに葵先輩の姿は確認できないほどに近づいてきていて、そのままかみつくようなキス。
 
「んぅ…っ!……ぅ」
 
驚きの声を上げた隙に口内に侵入してきた葵先輩の舌は熱い。
逃げようとしても、いつの間にか腕を掴んでいる手とは逆の手で私の頭を固定していたから、逃げる事は叶わない。
葵先輩の舌は我が物顔で、私の口の中で舌を絡ませたり、歯の裏をなぞったりと縦横無尽に動く。
アイスクリームを食べていたからせいか冷たい口の中に、葵先輩の舌が触れた所から熱が生まれていく。
その激しい口づけに、自然と目尻に涙が浮かんだ。
 
口づけの終焉は始まりとは正反対に、幾度か軽く噛みながら名残惜しげに離れた。
最後に唇に触れた吐息にすら快楽を感じて、正常に息ができた安堵と重なり力が抜けて、机に倒れ込んだ。
 
「…ふっ…はぁ……はぁ………ぁ、葵先輩何するんですかいきなり!!!」
 
とくとくとく、と早く打つ心臓の音が体に響くのを無視するように、私はキッと頭上を睨んだ。
頬も赤いまま、涙目で睨み上げても効果なんてないの知ってるけど、そうせずにはいられなかったのだ。
見上げた先の葵先輩は力が抜けた私をニヤニヤと楽しそうに、その瞳に映していた。
 
「何って食べて欲しかったんだろ?」
「それはアイスで私じゃありません!!!」
「うっるさいなぁ……でも味は確かに撮影と違ったな」
「は?」
 
「お前の味がした」
 
なかなか美味かったぜ?と親指で唇を拭って舐める様は、さすがモデルという所か、気障ったらしいはずなのに綺麗で。
…………赤くなって俯くぐらいしかできなかった。
っ、て
 
「あああぁぁぁ!!!?!?」
「? 何だよ、いきなり大声をだして」
「ふっ、服…?!!」
 
慌てる私の右腕の袖には、べったりとした茶色い染み。
 
「な、何で!??」
「何でって……そりゃ、お前が零したアイスの上に崩れこむからだろ?」
「え……?」
 
よくよく見ると右腕の下にはスプーンがあって、並々とスプーンの中にあったアイスは姿形もない。
それでやっと、チョコアイスの残骸は右腕の袖に吸われたということがわかった。
呆然と葵先輩を見上げると、なぜだか先輩はとーっても楽しそうな笑顔で笑っていた。
綺麗な綺麗な先輩。
でも、その頭からはツノが、背中には蝙蝠の様な羽が、そして楽しそうに揺れる尖った黒い尻尾が見えるのは、私の気のせいですか……?
 
「あ、………あたし、もう帰ります!」
「まぁ、待てよ。そんなに急いで帰ることないだろう?」
「い、いえ!!早く汚れを落とさないと、染みになってしまいますし!!!!」
「ここで落とせばいいじゃないか、洗濯機も乾燥機もあるしな」
「は、激しく果てしなく、身の危険を感じるのですが………」
「へぇ、珍しく感がいいじゃないか?最近、仕事続きだったから御無沙汰だしな」
「ってやっぱりソッチに行くんですかーーーー!!!!」
 
真っ赤になって絶叫する私のこめかみに、驚くぐらい優しいキス。
思わずその暖かさに抵抗が止んでしまった。
 
「せんぱ、い?」
「………寂しさなんて吹き飛ばすくらい、抱いてやるよ」
 
耳元でそうぶっきらぼうに、でも優しく呟くと、先輩は私を抱き上げた。その……世間様で言う、お姫様抱っこで。
 
「せ、先輩!?」
「お前、重いな……運動してる?」
「…人並みには」
「ふーん……まぁ、今日で少しは痩せるだろ」
「なっ……先輩のエッチ!!」
「何言ってんだよ。お前の運動に協力してやるんだろ?あ、とりあえず上はもう脱いでおけ。先に洗濯室寄って放り込むから」
「な、ななななな……!!!!!」
 
 
 
私は先輩の腕の中で真っ赤になるしかなくって、もう雨の日の、寂しさなんて消え去っていた。




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