「おっ、拓磨。その唐揚げうまそーじゃん、もーらいっ!」
「あっ!真弘先輩、その唐揚げは最後のお楽しみなんすけど…ってああああぁっー!!」

紅陵学園の屋上から響く声は、澄んだ青空に吸い込まれていく。
そんな何気無い日常で騒ぐのは拓磨と真弘。
そしてそんな二人を苦笑半分、微笑ましさ半分の笑顔で眺めるのは二人より年下の慎司で、慎司と一緒にいる祐一は相変わらず、と言った所か。
―――――鬼斬丸の完全封印から数日経った今、本当の意味での平穏をこの四人、いや村全てが甘受している。
太古の昔からこびりついていた鬼斬丸の呪縛を祓ったのは、一人の少女。
絶望に何度も直面したと言うのに、決して希望を、愛を諦めなかったその少女―――春日珠紀によって、全ては解放されたのだ。
そうして訪れた穏やかな日々の麗らかな午後、愛しき日常。
そんな中、激化する拓磨と真弘の肉争奪戦。
…………日直のため、本日は屋上の昼食会に不在の珠紀が見たら、呆れや怒り、悲しみを通り越して、笑いがこみあがるに違いないだろう。
「拓磨……いっぺん痛い目あわねーとわかんねぇみたいだな………!」
「真弘先輩と言えども容赦はしませんよ……!!」
慎司は守護者の能力まで使いかねない状態になっている二人に、先ほどまでの笑顔をひっこめて慌ててストップをかける。
「ちょ……!先輩達、落ち着いて下さいよ!!拓磨先輩も真弘先輩も!」
「うっせぇ!止めんな、慎司!!」
「慎司、怪我したいのか…?」
口で止めようとしても二人から返ってくるのは、激昂と冷徹と対する感情であるが『否』の返答。
慎司はその答えに怯むことなく、
「先輩達、すみません………完全静止!!」
と御言葉を使った。
ピシリ、と固まったように止まった真弘と拓磨は、視線だけで慎司を見る。
「慎司……」
「てめっ、慎司!!」
「先輩達!せっかく平和になったっていうのに、守護者の力を使おうとしないで下さい……珠紀先輩が怒りますよ?ついでに祐一先輩も」
その言葉に二人の言葉が詰まったのが傍目から見てもわかる。
慎司は駄目押し、とばかりに自らの弁当からミートボールを摘み上げ、二人の弁当箱の蓋に置く。
「これでチャラに出来ませんか?」
「……まあ、慎司がそういうなら」
と言うのは拓磨、真弘は
「慎司のミートボールならチャラにできる!!」
と早くも満面の笑顔となっている。
その様子に安心した慎司は御言葉を解除する。
二人は喧嘩を再開することなく、弁当をつつきだした。
ほっとした慎司は、『大事にならなくてよかったですね』と何気無く祐一を見た。
ら………
「ゆ、祐一先輩?」
「…………」
座って俯き、器用にも箸を持ったままで眠りこけていた。
反応に困り慌てる慎司に向かって、真弘は言った。
「あー、慎司……気にするな。コイツ、すぐ寝るから」
「でも真弘先輩、最近祐一先輩、なんか……前より磨きかかってませんか??
 この前、廊下ですれ違った時、祐一先輩、歩きながら寝てましたよ?そのまま図書館に入っていってましたけど……」
そう言ってきた拓磨の台詞に、真弘は返す。
「やっぱお前もそう思うか?授業とかも前より寝てるんだぜ、こいつ」
それなのに何で俺様よりコイツの方が勉強出来んだ?とぼやきながら真弘は祐一の頭を叩いた。
ガクンと前のめりになってから、祐一は目覚めた。
「………どうした?」
「いや、どうしたじゃねぇよ」
真弘のツッコミにもぼんやりしてる祐一を見て、慎司は聞いた。
「もしかして祐一先輩…寝不足、とか?」
その言葉を聞いた瞬間、真弘と拓磨の目は点になり、そして
学校を揺らすほど笑った。
「ぶわっはっはっはっはっはっは!!祐一が寝不足?絶対ありえねーっ!!」
「く、くく………つ、つか、普段あんだけ寝てる祐一先輩が寝不足なら……ぶぶっ………それ、もうビョーキの域だぜ、慎司」
それこそ病気か悪いものでも食べたのか、という位に笑い転げる二人。
きっとこの二人は明日笑いすぎて筋肉痛になるだろうな、と慎司が思っていると…
「あぁ、最近、あまり寝ていないんだ。よくわかったな」
と、言う祐一の答えが返ってきた。
その言葉に拓磨と真弘の笑い声は不自然なほどピタリ、と止まった。
「………おい、祐一。今、なんつった?」
「あまり寝ていないとか、聞こえましたけど、聞き間違いですよねぇ……?」
「いや、最近はあまり寝ていないんだ」
その祐一の言葉に二人の瞳は零れ落ちるかといわんばかりに見開かれ、そして口を大きく開いて―――
「静寂、静寂、静寂静寂静寂!!!!」
二人の絶叫が学校、いや村中に響き渡る前に、慌てて慎司が御言葉を発動させたのであった。

ひとしきり騒いだ後―――誰も駆けつけてこないのは偏に慎司の功績といえよう、真弘は祐一に聞いた。
「で、何で寝れねーんだ?お前ほどの寝太郎が寝れねーなんて天変地異も起こりかねないからな、早めに対処しねーと」
「雪どころか槍が降ってきそうっすよね…祐一先輩が寝れないなんて…相談事なら聞きますよ?」
「何か悩みとかあるんですか?原因に心当たりありますか??」
「あるぞ」
拓磨、慎司と続いた質問に、祐一はこれまたあっさりと答えた。思わずツッコミをいれたのは真弘。
「あるのかよ!で、その原因ってなんだ?」
「珠樹を見てると寝るのを忘れる」
さらりと告げられた言葉に、三人は固まった。


―――このバカップルが


誰が思ったのが最初か、この一瞬で三人の心は完全なまでに一致した。
だが、つついたのは自分達だし、もしかしたら珠紀と上手くいってるとしか見えないが、
祐一なりに悩みがあるのかも知れない、と思い慎司は引きつった笑顔で聞いた。
「珠紀先輩と何か喧嘩したんですか?」
「いや、喧嘩はしてないが……」
「じゃ、なんなんです?寝不足の原因」
拓磨が投げやり半分で言った言葉に、真弘が『馬鹿か!?』と言うような顔で真っ青になるのが慎司にはわかった。
が、それに構うことなく祐一は話し出す。
「……珠紀と一緒に寝ると……見とれてしまって眠れないんだ」

……………

一陣の爽やかな風が四人の間を駆けた。

「…………いい天気だな、慎司」
「ええ、そうですねぇ…」
すでに明後日の方向を向いている後輩達二人。
これで流せればよかったのだが、
「祐一……お前、歯ぁくいしばりゃああー!!」
という叫びと風を纏った拳がうなる音がそれを許さなかった。
祐一はひょいとその拳を苦も無くよけたが、その襟首をつかんで真弘はわめいた。
「お前、何だ!?これは彼女いねー俺らに対するあてつけなのかそーなのか!?
 てーか待て!!!お前もう手ぇ出してるのかアイツに!?そーなのか、そーゆー関係なのかー!?!?!

「お、落ち着いてください真弘先輩!!」
「祐一先輩の頭とれちゃいますよ!!」
高速ミキサーのように祐一の頭をシェイクする真弘を、必死で止める拓磨と慎司。
その甲斐あって、真弘は祐一の襟元を放す。祐一はそれでもただぼんやりと首を回し…
「って、寝るなぁああああーーー!!!!!!」
「真弘先輩っ、はい、どうどうー」
必死に真弘を羽交い絞めしながらも、落ち着かせようとしている拓磨の努力を水泡に帰す祐一の一言。

「眠れないが……珠紀を抱いていると、すごく気持ちがいい」

顔に最高級の微笑みを浮かべて、言い放った真っ当すぎる惚気に、屋上はまたもや様々な意味合いで騒然となったのであった。


up 2006/12/1


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