彼と出会ったのは、通り雨でたまたま雨宿りに立ち寄った軒先
それから小さな偶然がいくつか重なって、すれ違いが生まれて、
連絡先も知らない―――彼と会わなくなって、暫らく経つ
彼との接点は薄らいでいく、日常の中、緩やかに急速に―――

そんな日常の中、決まって彼を思い出す時がある

それは、雨の日だ

最初に、彼とを繋いだのは、雨
が彼を思い出す時には
鼻先を掠めるのは、決まってあの日の雨の匂い

そして、雨の匂いが、またの脳裏に彼の事を思い出させる





町全体がバケツをひっくり返したような土砂降りで煙る、そんな晩秋の金曜日の夕暮れだった。
いくら明日が休みだとは言え、長々と氷雨に打たれる趣味のないは、降り始めの頃から持っていた折りたたみの傘を取り出していて、
灰色の町並みの中赤いギンガムチェックのそれを揺らしながら人通りの少ない町並みを歩いていた。
人通りは元より車の通りも少ない道に響くのは、ただただザーーというノイズ音に似た雨音に、
濡れた道を歩く軽い足音、それから不規則なぴちょぴちゃという傘の先から生まれる雨垂れの音だけだった。

「すごい雨…」

降り始めから傘を差していたですら、足元や肩先は濡れそぼっている。
白いケープに包まれた肩は明灰色の制服を透かしていて、風が吹くとその冷たさに無意識のうちに身震いをした。

「どこかでちょっとでも拭こうかな…」

鞄の中にスポーツタオルがある事を思いだしたは、歩いている道の先に屋根が広い軒先がある事を思い出し、
小走りでそこに向うことにした。……いや、違う。本当はタオルで濡れた服を拭うためではない。
が走ってまでそこへ向った理由は、とっても小さい確率の事を期待して、だ。


軒先についた頃には、すっかり明灰色の制服の大部分が溝鼠色になるほど濡れていた。
ハァハァと口から吐き出される荒い息は、白く口元に冷たい霧として留まっている。
いつ、店が開かれてるのか見当がつかないほど常に暗い店内は、覗いてもただ闇しか見えない。
ただ窓にぼんやりと、幽鬼のような虚ろさで外の景色を硝子に浮かべていた。
それに映った自分の姿には苦笑した。窓の中の顔が歪む。

「酷い、姿……」

傘を下ろして、窓に指を這わせた。
自分の輪郭をなぞると、指先から伝わる窓の冷たさと、背中から伝わる雨の煙にゾクリと身体を振るわせた。
その震えは一時のものではなく、だんだんと身体を蝕んでいく。
は己で己を掻き抱く。それでも震えは止まらずに、ただただ細いその体は悪戯に震える。
カツン、という音がした。顔を上げれば、窓に映っているのは道路に転がった己の傘。
それは灰色の大地に咲く赤い花のようで、美しくも哀しい光景だった。
迷惑になる。そう思って震える身体を叱咤して、傘を取りに道路へ飛び出る。
容赦なく身体に刺さる氷の雨粒。あっという間に全身を濡らし、傘を拾ったときには傘なんてあってもなくても同じ状態になっていた。
拾った傘を差さずに、は軒先を見た。
当然、誰もいない。
その事に今更ながらに気付いたは呟くように言った。

「当たり前、じゃない。何期待してたんだろ………私」

ここに来たって彼に会えるわけないのに

そう呟いた声が震えていたのは、決して寒さのせいではない。
だがそれに気付きたくないだだっ子のように、は首をふる。
頭にあわせて揺れる毛先から雫が、涙のように弾け飛んでは氷雨に混じる。


会いたい

彼に会いたい


無性にそう渇望していた自分に気付く。
そして堪えきれずに涙と、それから彼の名―――己が知ってる数少ない彼の一部をすがるように言った。

「…………赤城っ、く……!」

ああ、私はこんなにも貴方を求めていたのか

まるで彼の名を連ねる事で彼との距離を埋めるかのように、ただただは雨の中、彼の名を呼び続ける。
だが、世界は変わらず、氷雨だけが容赦なく身体を打つ。
そんな当たり前の世界すら悲しく、はまた彼の名を呟くのだった。


彼の名を呼ぶ声は雨音に掻き消され、
彼を想い流す涙は雨垂れに溶け込んで、

ただ灰色の雨雲が彼女を慰めるように頭上に広がり、
冷たい雨が彼女を抱くように大地へ落ち続けた。






2006/8/19up


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