愛された事がない子供は
まともに人を愛せない

なんて思った事は一度もないが、
どんなに愛しい人との間に出来た待望の子でも
正直、親になるというのが不安だった。


そう言うと貴方はくすくす笑って

『やだ、瞬君。まるで一人でお父さんになるみたい』

と柔らかに言った。
それからオレにふわりと抱きついて、こう囁いた。

『私もお母さんになるのなんてはじめてよ?
 正直ちょっと怖いけど………でも瞬君と一緒だから平気と信じてる。
 瞬君は違う?』






緊張して入った病室は明るくて、爽やかでさえあった。
ベットに寝ている妻は憔悴しきってるのに満足げに微笑んでいて、
とても……言葉を紡ぐ職についているのに、言葉が見付からないほど美しかった。

「………しゅん、くん」

優しくオレを呼んで、視線を隣に移す。
その小さな小さなベットに入っているのは………。

やかましい心臓、渇く喉、ああ眩暈すらしそうなほどの緊張。
そんな中、一歩一歩近付いて、そっと覗き込む。
目にその姿が入った刹那、唐突に悟った。




恐ろしいほど小さく弱い、生物として不完全なその存在は
愛されるための存在だと。

オレに、悠里に

これからこの子が出会う全てに

愛されるための存在だと。




歪んだ視界、崩れる足。
縋るように我が子の眠る、小さなベットにしがみつき、
オレは引きつる喉からただ一言、絞りだした。


「…………生まれ、てきて…くれて………ありが、とう」


頭に感じた優しい手。
顔を上げれば、優しく微笑む愛しい人。
彼女の潤んだ瞳に写ったオレもまた、彼女と同じく優しく笑っていた。









ヴィスコンティの瞬は倹約家である。
そんな彼に唯一、金に糸目をつけさせない存在とは……


「あれ、このテディベア何?誰の??」
「聞くまでもないだろ……我等がリーダーだよ」
「また随分とでっかいな……」
「馬鹿の一つ覚えみたいにいつもぬいぐるみだよなー」
「そろそろ悠里さんもツッこんでくれるだろ……というかそうだと願いたいね、俺は」



目に入れても痛くない、というか実際に入れられるものなら入れたいとまで言われる愛娘だけである。











―――――雑誌のインタビューにて

『愛妻家で家族思いと有名な七瀬さんですが、今まで娘さんに言われた事で一番ショックを受けた事ってありますか?』
『……………「しゅんくんってお父さんだったの?」と言われた事…ですね』


「ぷっ……ヤだ、瞬君ったら本当に言ったの?」
「うわ、父さん…執念深い」
「ふっ、何とでも言うがいい。最愛の娘の可愛い盛りの5歳の時に言われてみろ。一生の傷となるぞ
「だってそれ位の時、父さん忙しかったから全然帰ってこなかったし、
 TVの中でしか見てなかったから、本当に知らなかったんだって」
「でもそうよねぇ、あの頃は私も貴方も放ったらかしにされてたわねー」
「なっ……!?!!毎日、メールも電話もしてただろう!!人聞きの悪い事を言うな!!!」
「電話もメールも嬉しかったけど、でも…それでも寂しいのは寂しいのよ……
 だって、瞬君本人にはならないもの……」
「悠里………」
「なーんて、今だから言えるはな……っ、きゃあ、しゅ、瞬君、いきなりだ、だだ抱きつかないで……!!!」
「ああ、どうして貴女はこう可愛いんだ……!!」
「きゃっ、ちょっと、瞬君っ……!!?」
「おーい、お二人さん、イチャつくんなら自分らの部屋でやってね?」

(…………てか私、ゴロちゃん家にでも避難した方がいい??)











父さんはある意味に置いて、母さんより母さんらしいわ





長い赤の髪をきっちりまとめて、いつものコンタクトを外して眼鏡に変えて、
装飾性なんか皆無の学生時代のものと思われる運動着に身を包んで、風呂場の頑固な汚れと格闘している、
日本音楽界では知らぬ者がおらぬほどの権威とカリスマ性を持っている
ヴィスコンティのシュンこと己の父親を見下ろして、娘は内心呟いた。





07年8〜9月の拍手お礼としておいていた文。一部加筆しています。

※タイトルバーの言葉は有島武郎『惜みなく愛は奪う』より


07/10/01/up



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