走って、走って、走って・・。

気が付けば、バイトに行く時に通る大通りまで来ていた。

やっと足を止める。

不思議と息は切れていなかった。

 

それよりも、色々な想いが溢れすぎて、胸の痛みが増すばかり。

頭には、紺野さんと春日さん、2人の姿が焼き付いて離れない。

それでも、立ち止まっているわけにはいかなくて、のろのろと歩き出した。

 

何処に行こう・・・。

 

家に帰る気にはならなかった。

いつも帰る家には、僕の居場所はないから。

 

 

結婚してずいぶん経つのに、僕の両親はすごく仲が良くて、今でも新婚さんみたいだ。

僕はいつも2人の間には入れなくて、両親も自分たちだけに目がいって、僕を見ようとはしない・・・。

とくに父さんは、僕のことを邪魔に思っているから、尚更だった。

 

きっと、僕が生まれて小学校に上がるまで、母さんが僕につきっきりだったからだろう。

僕が小学校に上がると同時に、父さんは今までの時間を取り戻すように、僕に母さんを寄せ付けなかった。

 

愛の結晶。

 

それでも、父さんにとって子供は、あくまでも邪魔な存在。僕のことを素直に喜んでくれたのは、母さんだけだと思う。

 

 

家には帰りたくない。

 

 

いつもなら、ギリギリの時間まで丘にいるか、バイトをしているか、図書館にいって勉強をするかだったのに、今日は何もないし、する気も出ない。

だから、行く当てもなく歩くほかになかった。

 

早く明日になればいいのに。そうしたら、バイトのおかげで何も考えなくてすむ。

そう思った時、ポケットの携帯が鳴った。

 

・・・・・マスターからだ。

 

「はい。日向です。」

仕方なく、電話に出ると、温厚なマスターの声がした。

『圭くんかい、桐谷だがね。』

「こんにちは、マスター。マスターが電話してくるなんて珍しいですね。」

顔は無表情のはずなのに、口から出る声は愛想のいいものばかりで、そんな自分に嫌気がさしてくる。

『急にすまんね。実は明日のことなんだが・・。』

「僕の出勤時間は、12時からですよね。」

『そうなんだけどね、実は妻とも話し合ったんだが、明日は臨時休業にしようということになったんだ。だから、明日は来なくても良いという事を伝えたかったんだよ。』

 

最悪だ。

 

「そうなんですか・・・。わかりました。じゃあ、僕の今度のバイトは年始ですね。」

『急なことで、申し訳ないね。』

「いえ、僕こそ、わざわざ連絡してくださってありがとうございます。それじゃあ、マスターも、よいお年を・・。」

・・・・・・。

 

今日は本当についてない。

嫌な事が重なるなんて・・・。

 

 

俯きながら、歩く。

 

 

やっぱり、僕の居場所はないのかな。

ずっと、ずっと探しているのに、いつも見つけたと思ったら遠ざかっていく。

そんな事とっくに分かっていたのに、僕は何を期待していたんだろう。

もう、諦めたはずなのに・・・。

 

もともと分かっていた事。

僕の片想いだった事もちゃんとわかってる。

振り向いて、なんて望まないから、

ただ、

僕を見て欲しかっただけ・・・。

 

わかってる。

わかっているけど、涙が止まらない。

 

 

紺野さん・・・・・。

 

 

 

「・・・・・け、い・・・。」

 

 

 

声が聞こえた。

僕の大好きな優しい声・・・?

 

ピタっと立ち止まり、周りを見回してみて、その小さな期待はすぐに消えた。

 

人、人、人・・。

人で溢れているこの大通りに、紺野さんを見つけることは出来なかったから。

 

当たり前だね。

こんな所に、あの人が来るわけがない・・。

 

 

涙が止まらない。

 

 

涙なんて、慶吾に失恋したあの日以来だ。

その時も、こんなに流さなかったはずなのに・・・。

 

また歩き出す。

 

このまま、何処かに行ってしまおうか・・・。

そう思うことが何だかおかしくて、気付けば、泣いているのに笑っていた。

なんだか・・・。

 

このまま消えてしまえばいいのに。

 

そう思った時、

僕は思いがけない力で腕を掴まれ後ろに引かれた。

 

 

えっ・・・・。

 

 

「・・・圭。」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

 

「圭・・・。見つかって、良かった・・・。」

“それに、泣いていたから。すごく心配した・・・・。”

そう言って、紺野さんは腕を後ろから回してきた。

 

 

僕を追いかけてきてくれたの・・・?

なんで・・。

 

「・・・・な、んで・・・・・?」

 

優しくて温かい紺野さんに抱きしめられて、僕の頭は真っ白になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

        ――――――――― 好きだ、 圭。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな言葉を聞いたような気がする。

でも、きっと聞き間違いだろう。こんなに都合よく話が進むわけがない。

それに、

さっき、僕はちゃんと諦めたんだから・・・・・・。

 

 

 

 

「・・・い。・・け・・い。・・・・・圭。」

肩をゆすられてはっとすると、そこはいつもの丘だった。

「あ、れ・・・・。」

僕はいつの間に此処に来たんだろう。さっきまで、大通りにいたのに。

 

いつもみたいに、キンモクセイの木に背をも垂れさせて座る僕。すぐ隣を見上げれば、紺野さんがいつものように座っていた。

 

「大丈夫か、圭。さっきからずっと黙ったままだ。寒いか?」

優しい目を心配そうに細めて僕を見つめる。

 

何がなんだかさっぱり分からなかった。

 

さっきまで大通りを歩いてた。

涙が止まらなくて、それでも足の歩みを止めることが出来なくて。

そして、紺野さんが僕を見つけてくれたんだ。

 

 

 

辺りは日も暮れて真っ暗だった。

このキンモクセイの木を照らす街灯と、歩道の両脇に均等に置かれた街灯が、この丘を照らすだけだった。

 

いまは、何時なんだろう・・・。

 

「7時を過ぎたところだ。」

何気なく思った僕の疑問に答えてくれたのは、もちろん紺野さんだ。

きっと、春日さんが言っていたように、また僕の瞳に出ていたんだろう。

 

「そう・・・。紺野さん、帰らなくてもいいの?」

紺野さんの帰る場所には、春日さんがいるのかな・・・。

それとも別の人・・・?

 

「・・・・・帰ってもいいのか?」

いつもより低くなった声に、僕は膝に乗せていた顔を上げた。

「圭。俺はまだお前の気持ちを聞いていないんだぞ。」

紺野さんは、僕の目を真っ直ぐ見つめたまま言った。

「・・・・・・・・。」

 

 

僕の気持ち・・・?

そんなの一つに決まってる。でも、言えないだけ・・・。

それとも、今ここで僕の気持ちを打ち明けたら・・・、

 

僕を受け入れてくれるの・・・?

 

僕はあまりにも真っ直ぐに見つめてくる瞳を見ていられなくて、俯くように逸らしてしまう。

 

僕は、いつからこんなに臆病になってしまったんだろう。

 

 

沈黙が僕たちを包み込む。

それは、数秒なのか、数分なのかは分からないけど、僕には数時間のように感じた。

 

ふぅー。

溜め息が聞こえたと思ったら、紺野さんが立ち上がった。そして、僕の頭をぽんぽんと軽く撫でてくれた。

なんだろう・・・と顔を上げた僕を見て、紺野さんは少し悲しそうに笑った。

 

・・・・・・・?

 

「じゃ、俺はもう帰るな。」

「え・・・・。」

「圭も、風邪をひかないうちに早く帰れよ。」

 

そう言い僕に背を向けて、紺野さんは帰って行く。

 

 

何も考えられなかった。

ただ、どんどん小さくなっていく紺野さんの背中を見て、寂しいと感じた。

 

 

これでいいのかな。

僕の本当の気持ちを伝えないままで、終わっちゃうのかな。

 

想えば、慶吾の時もそう。

僕が自分の気持ちを彼に話すことはなかった。

そして終わったんだ。

ひとつの恋が。

 

今度も、そうなのかな・・・。

 

もし、

もしも、あの時聞こえた言葉が、幻聴ではなく本物だったら・・・。

僕はきっと、慶吾の時よりも、もっともっと後悔するはず。

 

 

 

ヤダ。

 

 

 

「紺野さんっ・・・。」

体は勝手に動いてくれた。

何よりも僕の望みを代弁してくれた。

 

もう紺野さんの背中は見えない。

それでも僕は走った。

まだ丘を下りきってはいないと思うから、早く、早く、紺野さんに追いつかなくちゃ。

 

「紺野さんっ!」

 

 

待ッテ。

行カナイデ。

僕ヲ独リニシナイデ。

ズット、ズット、側ニイテ。

 

 

ちゃんと言うから、僕の気持ちを。

隠さずに、全部話すから。

だから、

お願いだから、

待っていて・・・・・・。

 

 

「紺野さんっ・・・・・・・・。」

 

 

いた。

 

 

僕のことを真っ直ぐ見ている紺野さんがいる所より、数十歩手前で僕は立ち止まった。

呼吸が整わないのが歯痒い。

早く、早く、言いたいのに。

 

 

スキ。

すき。

 

 

「・・・・・好きっ。」

 

貴方が好きです。心から・・・。

 

 

驚いている紺野さんを見て、僕はくすりと笑ってしまった。

僕にも、紺野さんにこういう顔をさせる事が出来るんだ。

 

「好きです。」

 

この言葉を何度も言いたかった。

まるで溢れるように出てくる言葉に、正直僕は戸惑っていた。

だけど、そんな事よりも、何よりも、言いたかった。

僕の心から溢れ出る言葉を。

 

「好きです。紺野さんが、好きなんです・・・・っ。」

 

気付けば呼吸も元通りに治まっていて、変わりに僕の両目からは涙があふれ出した。

そのせいで紺野さんがぼやけてしまう。

 

何度も何度も瞬きをしたけれど、涙は止まらなくて、“ 好き ”という気持ちはどんどん溢れてくる。

 

 

言ってしまえば楽なものだった。

どうして早く言わなかったのかと、後悔するほど。

 

紺野さんが僕の気持ちを受け取ってくれなくても、大丈夫な気がする。

だって、今、僕は本当に満足しているから。

 

 

「圭。」

その声がすぐ近くで聞こえたことに驚いて、顔を上げる。

目の前には紺野さんがいて、

「圭、好きだ。俺はちゃんと圭を見ているから。」

 

そう言って、僕を抱きしめてくれた。

 

 

本当に、涙なんか止まらない。

 

 

僕が恐る恐る腕を紺野さんの背に回すと、

紺野さんは、ぎゅっときつく僕を包みかえしてくれた。

 

 

「・・・・・すきです。紺野さん。」

 

自然と出た言葉。

紺野さんの胸に埋めていた顔を上げた僕は、白くて小さなものを見た。

 

「・・・・・・ゆ、き?」

 

辺りを見回して、空を仰ぐ。

真っ暗な空には、白い小さな雪たちが、ふわふわと舞っていた。

 

「雪か・・・。どうりで寒かったわけだ。」

そう言いながら、僕を抱く力を強めてくれる。

「・・・・きれいだね、紺野さん。ホワイトクリスマスだ。」

 

あたたかい。

 

抱き合ったままの何気ない会話。

それすら僕は幸せに思えて仕方なかった。

 

「尚志だ。」

「え・・・?」

「いつも俺のこと苗字で呼ぶだろ。」

「うん。」

「だから、今からは名前で呼んでくれ。」

「・・・・・・・・・うんっ。」

 

 

 

 

あたたかい。

いつまでも、この腕の中にいたい。

やっと見つけた僕の居場所。

 

 

どうか、このささやかな願いが叶いますように。

 

 

 

ねえ、尚志さん。

明日は2人で空を見に行こう。

雪が降った後は、特別にきれいだと思うから。

だから今度は、

 

 

 

 

2人でこの丘に来よう。



感想
sky完結!!!蛍羽ちゃんさーんくす!!
そしてアップ激遅くなってすいませーーーーんっ!!!!!(未成年の主張か)
いやぁ、1にて失恋して落ち込んでたキャラが幸せになれましたよー!!!おめでとう圭!!!
これからは尚志さんと二人でゆっくり歩いていってね。
個人的に言えば春日さんも好みなんだよね・・・・美人・微サド(っぽいよね?)ってあたりがさ、うん。つぼ。
っていうか私こういうカップルをからかう脇キャラに弱いんだよな・・・(って俺の好みはどうでもいい)
蛍羽ちゃん、ステキ三部作どうもありがとうございました!!


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