君と一緒に散歩に行こう。そうすればきっとこの世界は楽園になるから




それは、ここ最近の暖冬にしては珍しく、朝から酷く冷え込んだ日のことだった。

「っふぁ・・・寒・・・!」

目覚まし時計のアラームを切り忘れていたらしく、平日と同じようにけたたましく鳴り出したそれを慌てて止めようとして、
身体をベッドから半分起こした瞬間、不二の口からは思わずそんな言葉が飛び出した。
目覚まし時計のベルにはとりあえず沈黙していただいて、暖房のスイッチを入れる。リモコンに表示されていた現在室温を見て、不二は微かに顔を歪ませた。

「5
か・・・今日は雪でも降るかな?」

もっとも、その歪みはどこか楽しそうな、嬉しそうなものではあったが。
身体を両手でさすりながら、本格的に行動するために起きあがると、刹那その身体を寒さが貫いて、不二は思わず小さくくしゃみをした。

(ばぁ〜か、普段からの鍛え方がたりねぇんだよ)

「・・・なんて、言われるかなぁ・・・。」

ふと頭の中によぎった最愛の恋人のセリフ(正確には、不二の想像の中でのものだが)に苦笑を浮かべ、
目覚まし時計の隣に置いてある小さめのフォトスタンドをそっとなでる。
自他共に認める写真好きの不二が、今までの生涯で一番巧く取れたと密かに自慢している写真・・・
ライバル兼恋人である、嫌味なほどの美貌の持ち主、跡部景吾の写真が納められたそのスタンドは、不二の宝物であった。

(いつだって、会えるんだけどね・・・でも、こうしていつも・・寝顔すらも見てて欲しいなんて・・・)

「言える訳無い・・じゃない・・・」

溜息を一つこぼして、不二はブラインドを上げる為にベッドから立ち上がる。
窓際に置いてあったサボテンに「おはよう」と声を掛けつつ、倒さないように慎重に部屋に光を取り込んでいく。
ふと目を上げた空は、最愛の人の瞳の色にそっくりな沈んだ、しかし澄んだ蒼色で、そんなことを考えてしまった自分自身に、不二は思わず赤面したのであった。




「お早う。いい匂いだね」

家中に漂う紅茶と焼きたてのパンの匂いを胸一杯に吸い込みながら、不二はリビングへ入っていく。
テーブルの上には湯気を立てるスクランブルエッグと色鮮やかなサラダ、紅茶がなみなみと入ったまっ白なポットが置いてあり、不二は幸せそうに小さく微笑んだ。

「お早う周助。今日は学校無いのに早起きね?」

だれかとデートする約束でもしたの?
紅茶を飲みながらその美しい顔にからかうような笑顔を浮かべて声を掛けてくる姉の由美子に笑顔で返しつつ、内心、そうだったらいいのにと思ったことは内緒である。

「まさか。昨日の夜に目覚まし時計のアラームの解除するの、忘れて寝ちゃったんだよ。癖って怖いよね」

「それで目覚ましがなったのね。お母さん、ビックリしちゃったわ」

キッチンから焼きたてで湯気のたつバケットを皿一杯に乗せて運んできた母の淑子が柔らかく笑いながら会話に加わる。

「お父さんにお帰りなさいコールしてたら急に目覚ましがなるんですもの、今日は平日だったかしらって」

「あはは、ごめん母さん」

「にしても寒いわね、今日は。さっき天気予報見たら午後から雪ですって」

バケットを手前の皿に取り分けつつ、由美子が窓の外を見て言う。
不二がつられたように大きな正面の窓を見ると、
カーテン越しだが確かに朝、自分の部屋の窓から見たような蒼色の部分は大分なりを潜め、薄墨色の雲がどんよりと重く立ちこめている。
クリスマスもお正月も降らなかったのに、今年の雪はあまのじゃくなのかしらね、と言う由美子のセリフに三人で笑いつつ、不二家の朝は穏やかに流れていった。




この寒空の下でも元気な由美子が友人達と買い物に行くと言って出掛けた後、淑子もまた出掛けて来るというので、不二は家の中で一人になった。
部屋に戻るといつも通りに、出窓と棚の上のサボテン達を入れ替えて軽く水をやる。
オーディオに最近お気に入りのレコードをセットするといつもよりやや大きめの音量でかけ、ベッドメイキングを済ませると、
不二はパソコンラックからキーボードとマウスを机に移しつつ、サイドボードの予定表にちらりと目を遣った。
別段、確認するまでもなく今日はフリーである。

「う〜ん・・・今日はちょっと遠出してみようかな・・・氷の張った池とかの写真も良いよね・・・枯れ葉も情緒あるし」

写真を撮りに行く計画を頭の中で組み立てつつ、不二はパソコンを立ち上げる。
不二自身は別段パソコンに興味はないのだが(デジカメを使うわけでもないし)流行物好きなクラスメイト兼チームメイトの菊丸や、普段からしてデジタル派の乾、
部活の連絡などをしてくる大石、そして他のクラスメイトや友達たちからはしょっちゅうメールが来ているのだ。
携帯はもっぱら自宅用だと言うことを不二が公言しているため、皆基本的に緊急の用事以外はパソコンメールで済ませてくれているのである。
それに、不二の携帯のメールアドレスを知っている人間が少ないというのも、理由の一つだった。

「あ・・英二ってばまた何かして怒られたんだ・・・懲りないんだから・・・」

届いたその日にも、一応ざっと目を通すように心掛けてはいるのだがいかんせん部活持ちの中学生男児である。休日でもないとじっくりとは読めないのだ。
一つ一つのメールを笑ったり驚いたり、時には真剣になって読み、必要そうな物には返信したり、連絡事項をメモったりして、不二が一呼吸入れたその時。

♪♪〜〜

「っ・・?!」

余程仲の良い人にしか教えない、だから滅多にその存在が利用されることのない不二の携帯のメールアドレス。
その中でも不二が特別に設定した着信音。
慌ててロッキングチェアの前のローテーブルに起きっぱなしにして置いた携帯電話に飛びつくと、
グラウンド全力疾走後なみに大きな音を立てている心臓を何とか宥めながら、不二は携帯を開いた。
履歴の一番上。見慣れた名前。

『今から来い。場所は俺の家。』


「・・・って、それだけ?」

思わず裏返った声が口をついて出る。相も変わらぬ帝王っぷり。
こちらの予定などは考えたこともないのだろうか。それとも、こうして連絡すれば必ず自分が行くと思い込んでいるんだろうか・・・?

「絶対、思ってるよな。」

確信じみた考えが可笑しくて、少し悔しくて、不二は苦笑を漏らす。
だって、実際にこんな風に連絡をよこされて、自分が行かなかった時など無いのだから。

「・・・・負けてるよね・・・ホント」

返信ボタンを押しつつ、不二は相手が聞いたら「あ〜ん?当たり前だろ、お前が俺に勝つなんざ10年早ぇんだよ!」と言うであろうセリフを漏らす。

『了解。今すぐ行くから待ってて、跡部君』

返信ボタンを押す。全力疾走よりかは流石に少し落ち着いた心臓(でも、まだかなりドキドキしてるなぁ・・)と、いつも通りの楽しい休日が、
特別なもっと楽しい休日になった事を物凄く喜んでいる素直でゲンキンな心とを抱え、
不二は鼻歌交じりにパソコンに向かい合うと打ち掛けのメールを保存(ゴメン、英二!)し、さっさと電源を落とすと自室の巨大なクローゼットに小走りで駆け寄る。

「もしかしたら、一緒に散歩してくれるかなぁ・・?」

呟きながら、自分の一番のお気に入りの服とコート、それからついこの前のクリスマスに跡部から贈られた淡い黄色のマフラーを身に着ける。
小さめの鞄に、財布やパスケース、携帯を放り込みながら、跡部の家に行ってからのことを考える。

(一人で行こうと思ってたけど・・・一緒に行ってくれたら嬉しいなぁ・・・)

でも、言うこと聞いてくれるかなぁ・・?心配そうな割には明るい声で独り言を言い、愛用のコンパクトカメラも鞄に入れる。
帰ってきた家族に心配させないように書き置きを残すと、不二は大急ぎで玄関から飛び出した。
薄暗く、本当に今にも雪が降りそうな空に眼をやる。
彼は嫌がるかも知れないけれど、雪道の散歩と言うのも・・・それも、恋人が横にいる状態での散歩なんてのは、きっと最高に暖かい物だろう。
幸せそうな笑みを顔一杯に浮かべ、薄茶色の髪を風になびかせながら、不二はひたすら恋人の待っている場所への道を急いだのだった。

恋人達の今日はまだ始まったばかり。
お昼頃、人目を引く美男子2人が少し離れた場所にある公園の、凍った池の周りを散歩していたかどうかは・・・また別のお話です。

・・・end・・・


作者のあとがき
えーっと、取り敢えずすいません(土下座)跡不二なのになんで跡部様居ないんですか・・・!!(切腹)
ずうずうしくも「開設一ヶ月記念に何か押しつけても良い?」などと美睡さんに申しましたところ、「じゃぁ跡不二か日吉滝かオリジで」というリクを頂き、
私が「不二受け小説は書けないかもー」(私は不二攻)などとほざいたら「イラストで良いよ」と仰ってくださったにも関わらずこの仕打ち。
本当にすいません。美睡さん、こんなので宜しければイラスト共々お納め下さいませ。イラストはコイツではぼかしてあるその後です。
おまけに会話文のみのsssもつけました。私が描いたテニスCPモノのなかで、史上最大に甘いと思われます。
私、砂糖製造器と化してしまいました・・・
逆CPの者が書いた小説など、お目汚しにしかならないでしょうが、美睡さんに捧げます。
開設一ヶ月、お疲れさま&おめでとうございます!


   イラストとオマケで書いてくださった会話文のSSSはコチラから


SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送